289話 男の料理
親父さんとキースをこのまま放っておくのも気がかりだ。俺はさらに弓を削りたがるキースを引き止めると、日が暮れた坂道を一緒に登り親父さんの教会へと向かった。
そして教会で相変わらずクリシアの安全を祈願していた親父さんも外へと引っ張り出す。外に立つキースを見て、親父さんが片手を軽く上げて挨拶をする。
聞けばクリシアとラウラが村を離れてから数ヶ月、二人は顔を合わせたこともなかったとのことだ。
この小さな村でそれはどうなんだろうね。やはりこの二人はまともな精神状態ではない気がする。
そしておかしくなったヤツを癒やすことができるのは、いつだって美味い酒とメシなのだ。これは間違いない。
「それでこんなところに連れ出して、一体なにをするつもりなのだ?」
キースが教会前の空き地を見回しながら、
「それはもちろん、俺がこの村にきた歓迎会とこの村を発つ送別会をやるんだよ」
「そういうものは自ら開催するものではない気もするのだが……」
顔を引きつらせるキースだけれど、それは言わない約束だ。食材をたらふく抱えていることもあり、宴会はいつだって俺が言い出しっぺだからな。
「とにかくさ、俺もライデルの町で冒険者やって、前よりもメシも酒も良い物を手に入れてるんだよ。だから今夜は一緒に食って楽しくやろうぜ」
「おおっ、久々にイズミの酒とメシが食えるのか?」
期待に胸を膨らませるように、鼻の穴を広げる親父さん。どうやら少しは元気が戻ってきたようだ。
「ああ、俺があんたら二人のことをクリシアたちに伝えるにしても、いつまでもショゲていたなんて言われたくもないだろう? 美味いメシと酒で少しは気分転換しようぜ」
そんな俺の言葉に親父さんとキースが頷く。
「ううむ、たしかに今の情けない姿をクリシアには見せられねえよなあ……。よっしゃ! そういうことなら今夜はたらふく食って飲みまくって騒いでみるか!」
「イズミの言うとおりかもしれん。ラウラのことを心配するあまり、己のことを
そう答えた二人の顔にも、やや生気が戻ってきたような気がする。
後は美味いメシをたらふく食わせてやりたいところだけど……さて、何にしようかね。実はここまでノープランだったりするのだ。
俺はしばらく腕を組んで考え込み――
「よし、それじゃあ今回は男だらけだし、男がみんな大好きだと言われている料理にしよう」
『は? ワシは性別上、女なんじゃが』
ヤクモのつぶやきはスルーだ。
「ほう、なんて料理だ?」
興味深そうに眉を上げる親父さん。
「から揚げという料理だ。男でこの料理が嫌いなヤツはいないとまで言われている至高の一品だよ」
そんな話を聞いたことがある気がする。そりゃまあゼロではないだろうけど、ここは言い切ってしまおう。
『なぬっ!? カラーゲ! いや、カララゲじゃったか!? とにかく久しぶりじゃのう!』
ヤクモがぴょんぴょんと飛び跳ねて騒ぎ出す。まあ揚げモノはなかなか面倒だし、一人から揚げはハードルが高い。なにかの機会がなければ作ることはないからな。
これまでに揚げモノを作ったのは、コーネリアとのキャンプで一回とエルフ村で二回だけだ。そういえばコーネリアには別れの挨拶もせずに町を出てきてしまったなあ……。
そんなことをふと思い出したりもしたが、それはまあ置いといて、とにかくから揚げを作ることにしよう。
これまでは鶏肉の代用品としてソードフロッグのから揚げしか作ってこなかったけれど、今はライデルの町の北の森で狩った、まさに鶏肉そのものであるクロールバードが大量にある。クロールバードのから揚げには俺も興味があったんだよね。
俺はさっそくストレージから作業台やら包丁やらの料理セットを取り出すと、さらに精肉加工済のクロールバードを取り出して、ササッと一口サイズにカットしていく。
「おっ、おい。お前いつの間にか料理がすげえ上手くなってねえか? クリシアよりも手際がいいというかなんというか……」
俺の手さばきを見て親父さんが声を漏らす。まあ【料理+1】までスキルが上がっているからね。
「それだけ俺も冒険者として揉まれてきたってことだよ」
なんてエラそうなことを言って適当にごまかしながら、俺はストレージからカセットコンロと鍋を取り出し、鍋にサラダ油をドバドバと投入。
それを見たキースが顔をこわばらせながら口を開いた。
「これは……油か? おい、まさかイズミ。お前こんなものを飲めということは……」
「そんなわけないだろ。これは揚げるのに使うんだよ」
コンロのスイッチを入れ、油を熱していく。熱くなるのを待っている間、俺はツクモガミでから揚げ粉を購入することにした。
どの味付けにするか迷ったけれど、やはり今回は野郎共にガツンと活力を与えるためにも『ニンニクしょうゆ味』のから揚げ粉にしよう。
そいつをポチった後はビニール袋にから揚げ粉と水を混ぜ込み、クロールバードの切り身を入れてモミモミとしていく。
できればしばらく寝かした方が肉に味が染み込むのだろうが、早く食いたいのでモミモミしてなるべく時短させていこう。
そうしてビニール袋をモミモミしていると、ヤクモが俺の手元を見上げながら念話を届けてきた。
『むむっ、それくらいならワシでもやれそうなのじゃ! 是非ともワシにやらせてくれい!』
どうやらヤクモは仕事がしたいらしい。正直なところ揉み込む時間は短縮したいし、狐の手でも借りたいところだ。
揉み揉みならぬ踏み踏みになるが、足で踏んでもビニールが破れないなら問題ないだろう。
俺はヤクモを持ち上げながら念のためにクリーンをヤクモの足元に唱えると、作業台の上に乗せてやった。
『ビニールに爪を立てるなよー』
『わーっとるわい! うほー! 仕事じゃ仕事ー!』
そうしてヤクモは労働の喜びに顔を
――次の瞬間、ヤクモの口から悲鳴が上がる。
『ふひいぃぃん! なんじゃこの感触ゥ! もにゅもにゅして足裏がめっちゃ気色悪いのじゃ……』
ヤクモは飛び跳ねるようにビニール袋から離れると、意気揚々とした様子から一転、そろそろとビニール袋に近づいていく。
『ひいい……よく考えたらコレは生肉なのじゃ、グロいのじゃ……。じゃ、じゃがこれがワシに与えられた職務……!』
尻尾をへんにゃりさせながらブツブツつぶやくと、ヤクモはおそるおそる前脚でビニール袋をペタン……ペタンと叩き始めた。
『ひえっ、こわっ! ……くうううっ! 気色悪ううううう……!』
叩くたびに悲鳴を漏らすヤクモ。グロが苦手だというのに、仕事の使命感からか手を休めないだけマシなのだろうが、これではまったく使い物にならない。
とはいえ、人手はあったほうがいいんだよなあ……。
俺はくるりと体を反転させ、突っ立ったままの男二人を見つめた。俺の様子に男二人もハッと目を見開く。
「おっ、おう……! 俺らも手伝うか!」
「うっ、うむ!」
俺が黙って肉と粉入りのビニール袋を差し出すと、それを受け取って
そうして男三人が、無言で生肉をモミモミする時間がしばらく流れたのであった。
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