287話 商隊

 親父さんは近くの椅子にどっかり座り、肩を落としながら語り始めた。


「今からひと月ほど前か。この村に商隊がきたんだよ、珍しいことにな」


「商隊?」


「……あぁ、そういやお前は世間知らずだったな。商隊ってえのはアレだ。大勢で寄り集まって物を売ったり買ったりしながら旅する連中のことだよ」


「ふーん、なるほど。それでその商隊がどうしたんだ?」


「それがな、商隊は別にこの村に商売しにきたわけじゃなかったんだ。その商隊の娘が旅の途中に原因不明の熱病にかかっちまったらしくてよ。キュアを唱えられる者はいないかと、この教会を訪ねてきたってワケだ。教会には回復魔法持ちが多いからな」


「でもたしか親父さんはキュアは……」


「ああ、まだ使えねえ。だがな、ヒールで少しは苦しみを紛らわせることはできないかと、商隊の連中はこの教会に娘を連れてきたんだよ。ああ……そういやお前は知らねえとは思うが、お前が旅立ってからクリシアもヒールが使えるようになってたんだぜ」


「へえ、すごいじゃないか」


 などとシレッという俺だが、別れ際にクリシアのスキルを見て知っているんだけどな。あのときにヤクモから普通の人にも突然スキルが生えたりするという話を聞いた。


「それでな、連れて来られた商隊の娘はかわいそうなことにもって二日か三日というくらいに衰弱していた。商隊の連中も、せめて最後は神のお膝元で召されてほしいという諦めも混ざっていたのかもしれねえ。だが――」


 そこで親父さんは急にパアアアアアと表情を明るくさせると、それはもう嬉しそうに語り出した。


「その商隊の娘を前にしてな、クリシアのヤツがな、急にキュアを使えるようになったんだよ! いやーさすが俺の娘! いつかは俺を超えるだろうと思ってはいたが、それを目の当たりにできたのはまさに父親冥利に尽きるってヤツだぜ! なあ、クリシアすげえだろ!? なあ!?」


「おっ、おう……」


『ふむ。信仰に真摯な娘であったからのう。その祈りが主神様に届いたのやもしれぬ』


 ヤクモがぼそりとつぶやく。そういえば神に愛されることでスキルを授かることもあるとか言っていたっけか。


「それでな、クリシアの大活躍もあり、商隊の娘の一命を取り留めたってわけだ! それからしばらく娘はこの教会で療養して、同じ年頃のラウラなんかとも仲良くなっていったわけだがよ――」


 機嫌よく話していた親父さんだが、再び肩を落として語りだす。さっきから躁鬱が激しくて見ているだけでしんどい。


「娘の療養中にだな、商隊の長から娘の命が助かった礼をしたいという申し出を受けたんだよ。……そしたらよ、クリシアのヤツがよ、『じゃあ私も商隊に連れて行ってほしい』なんて言ってよお……!」


 またもや涙を浮かべる親父さん。言うとまた泣いてねえとかいうからスルーするけど。


「それじゃあクリシアは商隊についていったってことか?」


「グスッ……そういうこった。クリシアだけじゃなくてラウラもな」


「マジか。そっちはそっちで大変そうだな……」


 キースもかなりのシスコンだからな。親父さんのようになっていそうで、これから会うのもすでに面倒になってきた。


「でもクリシアが旅に出るだなんて意外だなあ。あいつはこの村でのほほんと暮らしてそうだったのに」


 その俺の言葉に、親父さんがギロリと俺を睨みつけると、その太い腕でヘッドロックを仕掛けてきた。


「なあああああああに言ってやがるっ! どう考えてもお前の影響だろうが! お前が旅立ってからというもの、クリシアは外のことに関心を寄せることが多くなった。それはそれで悪いことじゃねえと思っていたんだがよー! でもなあ急過ぎるだろ、なあ!?」


「痛い痛い痛いって! てか親父さん、そんなにイヤならクリシアを引き止めたらよかったじゃねーか!」


「バッカ野郎! さっきも言ったけどな、旅は心身ともに己を成長させるもんだ。娘の成長を妨げる親なんていねえ! ああ、わかっちゃいるんだ、あの旅はクリシアのためになるってことはな……」


 俺の首に絡めた腕を解き、ハア~~~っと盛大なため息をつく親父さん。これはだいぶ落ち込んでるなあ。少しは前向きな話題を振ったほうがよさそうだ。


「でもさ、ずっと商隊にくっついてるわけじゃなくて、そのうち戻ってくるんだろ? いつ戻ってくるんだ?」


「半年だ」


「えっ、半年?」


「そうだよ。まあ一ヶ月ほど前に旅立ったから、もう半年もないけどよ。それくらいしたら商隊がこの村にクリシアとラウラを送り返してくれるそうだ」


「思ってたよりも短いな……。それくらい我慢しなよ、親父さん……」


「そうは言っても、この教会で独りってのはなかなか寂しいもんなんだぜ? ……あっ、そうだ! なあイズミ、クリシアが戻ってくるまでウチで過ごしていかねーか!? また一緒に酒でも飲んで楽しく過ごそうぜ、なあ!?」


 良いことを思いついたような顔で、なかなか無茶なことをいう親父さん。


「俺だって旅の途中だよ。それで商隊ってどこに行ったんだ?」


 サウロシアスの近くなら、クリシアたちを訪ねてみてもいいと思って聞いてみた。すると親父さんは――


「商隊だからよ、いくつか町に寄りながら進むんだ。ライデルにも行くっていってたけど、お前が知らないってことはすれ違ったんだな。……それで最終的な目的地はサウロシアスって言ってたぜ」


「え? サウロシアス?」


「ああ、そこで長めに滞在して、たっぷり商品を仕入れた後に折り返すんだそうだ。知ってるか? 海洋都市サウロシアス。海が近くにあるデカい町でだな――」


「俺、今度そこに行くんだけど」


 俺の言葉に親父さんの顔色が変わった。


「マジか! おお……神よ……!」


 目を見開きながらつぶやいた親父さん、突如近くの棚へと走っていくと、そこから便箋とペンを取り出し、ものすごい勢いで何かを書き始めた。


「おーい、親父さん。何してるんだ?」


「うるせえ黙ってろい! 気が散るっ!」


 こっちを見ることなく声を上げた親父さんは、手を休むことなく何かを書き続け――十分ほどでどっさり束になった紙を持って戻ってきた。


「これはクリシアへの手紙だ! しっかり渡しておいてくれよ! それじゃ気をつけて行ってきな! クリシアに会うまで死ぬんじゃねえぞ!」


 俺に手紙を掴ませると、すぐに送り出そうとする親父さん。


「いやいや、少しはゆっくりさせてくれよ。今日は泊まっていってもいいだろ?」


「え? クリシアに手紙を届けるより、大事なことなんかないだろう?」


 おまえは何を言っているんだと言わんばかりに眉をひそめる親父さん。



 ――それから親父さんが正気に戻るまでしばらく言い合いが続き、俺はなんとか教会での一泊を勝ち取ることに成功した。


『イズミ……今回ばかりはさすがに同情するのじゃ。大変じゃったな……』


 珍しくヤクモに同情された俺は、疲れ果てながらも今度はキースの家へと向かうことにしたのだった。



――後書き――


今年最初の更新です。今年も「フリマスキル」をよろしくお願いします。

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