174話 トレントの樹液
教会を出た俺は居心地悪そうに視線を泳がしているヤクモと共に、ルーニーの薬師局に向かって歩いた。
エルダートレントの討伐が完了したことはギルド職員づてに伝わっているとは思うけど、知らない間柄ではないので一応の報告と、それとは別件で用事もあるんだよな。
しばらくして、眼鏡の看板を掲げたルーニーの薬師局に到着した。
「こんちわー」
声をかけながら店内に入る。相変わらずごちゃごちゃと物が溢れかえり、薄暗い店内。
以前と同じように奥にある机でゴリゴリと何かをすり潰していたルーニーが顔を上げた。
「むうっ、イズミ君か! エルダートレントの討伐おめでとう、すでに素材はいただいているよ! お陰で今日は朝から作業が楽しくてしょうがない! 本当にありがとう!」
「いえいえ、俺の方こそ、お陰様で懐が暖かくなりました。ありがとうございます」
俺がぺこりと頭を下げると、ルーニーは何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうだ、イズミ君。ファーロスの森に行ったのなら、普通種のトレントには遭遇しなかったのかな? もし狩っていて魔道鞄に溜め込んでるようなら、私に売ってほしいのだよ」
「いやー、ないですね。申し訳ない」
数匹狩ったけど、全部ツクモガミで売ったからな。
「むうっ、そうかい? それなら仕方ない。君に依頼した後になって、ついでに言っておけばよかったと思いついてね。今はトレントを狩る人が少ないせいで、こっちの素材も不足気味なんだよ」
そういえばマルレーンも、寒い時期にトレントが弱体化するから今はあまり狩られていないって言っていた。斧で一撃だったし、俺はそもそも強さを感じられなかったけど。
「そういえばトレントの素材って、どういうことに使われるんですか? 高級食材用の薪になるってのは聞いたんですけど」
「そうだねえ、他には……魔術師が使う杖の素材になったり、香木になったりもするね。調度品に加工するのにも需要があるよ。薬師としては木材としてよりも樹液の方に使い道が多いんだがね」
「へえ、樹液ですか。それは何になるんです?」
「エルダートレントは研究用なので今はまだ未定だが、私が普通種のトレントの樹液を加工して主に販売しているのは美容関係だよ」
「フーン、美容関係」
俺の相槌に、ルーニーは唇を尖らせてじっとりとした目を向けた。
「……なんだい、その顔。私のような化粧っ気のない女が美容関係の商品を作るのは意外だって顔だね?」
「いやー、そんなことは……ナイデスヨ?」
どうやらうっかりと顔に出していたらしい。ルーニーは美人ではあるけれど、まったく飾らないタイプだもんな。
「そ、それで、美容関係って具体的になにを作ってるんですか?」
「化粧品や豊胸用のゼリーだよ」
「豊胸用」
俺はルーニーのたわわに実った胸を見る。そうか、これってそういう――
「むうっ! 私のは生まれつきだ! というかマジマジと見るのは止めたまえ!」
ルーニーは真っ赤になって胸を隠しながら大声を上げると、恨みつらみを吐き出すように語り始めた。
「私だってね、別に豊胸素材なんて興味はなかったさ。でもね、周りの友人や知人が私の胸を見て、やれデカいだの羨ましいだのとうるさいものでね。あまりに鬱陶しいから、副作用がでなくて触り心地の良い豊胸用のゼリーを私が新開発したのだよ! 皆の胸が大きくなれば、いちいち私の胸を気にすることもなくなるだろう?」
どうやら巨乳を増やすことで自分の印象を薄める作戦に出たらしい。頭がいいのかアホなのかわからん。ルーニーはさらに言葉を続ける。
「するとこれがまあ驚くほどに売れてね! お陰で私の収入は激増したんだが、結局本来の目的は未だ果たせていないままだよ。まったくこんなモノのどこがいいんだか。邪魔だし肩が凝るだけじゃないか……」
がっくりと頭を垂らし、ため息をつくルーニー。
……いや、待てよ? そういやクララちゃんが新しい素材で豊胸手術したとか言っていたよな。てことはルーニーは男の娘の案件にも関わってくるのか……。こんなところで繋がるとか、イヤな縁すぎる。
もう忘れておきたかった出来事を再び思い出し、頭を抱えたくなってきた。
俺は軽く頭を振って気持ちを切り替えると、いよいよ本題を切り出すことにした。
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