101話 モヤシ
三人がちらちらと鍋の中の醤油ラーメンを見ながら、俺の返事を待っている。
少しだけ「俺の食事は用意してくれてないのに?」なんてからかいたくもなったけど、もちろんそんなことは言わない。
なんといっても金も取らずに俺の同行を快く認めてくれた人たちだからな。ここで少しでも借りが返せるなら、ありがたいくらいだよ。
「いいですよ。お皿とかあります?」
俺の返事にナッシュが眉を下げながら、申し訳なさそうに頭をかく。
「いやー、偉そうなこと言っておきながらすまない。あまりにいい匂いがするものでな……。これでもし、お前の食事が足りなくなったなら、遠慮なく俺に言ってくれ」
ナッシュが魔道鞄からお椀を取り出すと、他の二人も同じようなお椀を取り出し、そっと俺の前に差し出した。そこまで恐縮する必要もないんだけどな、所詮は袋ラーメンだし。
俺は鍋にお玉を差し入れ、それぞれのお椀にラーメンと具をよそってやる。三人に分けたら自分の分がなくなってしまったので、後で作り直すことにしよう。
「ごくり……。それじゃあいただくよ」
ナッシュは両手に持ったお椀を傾け、汁と麺を同時にずずっと口の中に入れる。そして十分に
「うまいっ! あっさりした塩の味と香ばしい風味、後からくるピリッとした辛さ……。こんな味のスープ飲んだことないぞ!」
「本当ね……。それに麺もモチモチしていて、すごく食べやすいわ」
アレサがフォークを使って麺を口に運びながら呟く。この世界の麺って、ボソボソしていてすぐにちぎれるからな。その感想はすごくわかる。
そしてルーニーはモヤシをちょんちょんとフォークで突きながら俺にお椀を差し出した。
「イズミ君、私はモヤシが嫌いなのだ。これだけ君に戻してもいいかい?」
「……それを残したら、もう二度と食べさせてあげませんよ」
「むうっ……!」
俺の返答にルーニーは言葉を無くすと、もそもそとモヤシを食べ始めた。それを見たヤクモが大口を開けてラーメンを食べながらメッセージを送ってきた。
『モヤシはうまいではないか。麺のもちもちにモヤシのしゃきしゃきが良いアクセントになるのじゃ。あの眼鏡はラーメンという物がわかっとらんのう~』
『まったくだ』
ヤクモと二人で言い合いながら、ルーニーがモヤシを食べる様子を眺める。するとルーニーはなんだかんだでモヤシを食べつくし、満足そうに口元を拭った。
「食べてみたら普通に食べられたのだ! よく考えてみるとだね、モヤシを食べていないってだけで、別に嫌いってわけでもなかったよ!」
「へえ、食わず嫌いですか。なんか理由があったんですか?」
俺の質問にアレサがくすくすと笑いながら答えてくれた。
「この子は小さい頃から家に籠もって勉強ばかりしていたせいか、体つきがヒョロヒョロとしていてね。近所の子から、モヤシってからかわれていたのよ」
「むうっ、その通り! あの頃はモヤシを食べると余計にモヤシになりそうでモヤシを避けていたのだ。今となっては非合理的な考えだがね。……まあそのうちモヤシとは言われなくなったのだが、モヤシを避ける習慣だけはそのまま残っていたのだ」
「へえ、からかわれなくなったんですか」
「うむっ! 私が近所の中ではいち早く薬師として独り立ちしたからね! 優秀な私をモヤシだなんて言ってられなくなったんだろうな! ワハハハハ!」
「本当に出世が理由かしら……」
胸を張って高笑いするルーニーの、たわわに実った一部分を見ながらアレサが呟いた。たしかにアレを見てモヤシとは言えまい。
「それにしてもモヤシなんて傷みやすいものを持ってきているなんて、イズミ君はよっぽどモヤシが好きなんだな!」
俺たちの視線に気づかずにルーニーが言う。いや、ラーメンには合うとは思うが、大好きってほどでもないけどな。
……というか、魔道鞄があるなら傷まないんじゃないの? 違和感を覚えながら、三人に尋ねることにした。
「ところで、みなさんは旅の途中でどんな物を食べてるんですか?」
こういうファンタジー世界の定番は黒パンとしょっぱい干し肉だと思うのだが、さすがに魔道鞄を持っているならそうはならないとは思う。
「溶かしてスープにする粉末や、黒パンやソーセージなんかだな。保存が利くものがほとんどだ」
ナッシュがズボンのポケットから食いかけの黒パンを取り出し、顔をしかめながらかじった。
『おい、イズミ。口を開くまえに言っておくがな、普通の魔道鞄は中で時間が止まったりしないぞい』
マジか、ストレージ便利すぎだろ。まあラーメンは乾物みたいなもんだし、モヤシは初日に使った。なんとでも言いくるめられそうだけど。
それにしても、この世界の常識を知る度に、俺がこの世界の神様からもらったものは規格外なものだと思い知らされるな。
こういう常識もいろいろと知っていかないといけない。俺の身を守るのは俺しかいないからな。ヤクモは頼りにならないし。
俺はそう気持ちを改めると、自分の分のラーメンを作るために、ツクモガミを起動させたのだった。
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