【書籍化】異世界をフリマスキルで生き延びます。~いいね☆を集めてお手軽スキルゲット~
深見おしお@『伊勢崎さん2』8/17発売
1話 今日まで日常
「今日の仕事はおしまいっと」
俺はパソコンをシャットダウンさせて椅子から立ち上がると、すでに帰り支度を始めていた後輩の田口に声をかけた。
「おーい、田口。久々に定時で帰れるんだし、俺がおごるからメシでも食いにいかね?」
「えっ! まじっすか、ごちっす! ……って言いたいところなんスけど、今日だけはダメなんスよ~」
「へえ、なんか用事でも入ってたのか? それともまさかお前、恋人ができたとか……?」
「実はそうなんです! ……って言えないところが悲しいところッスけど、今日は副業の予定が入っちゃいましてね」
「はあ? 副業?」
ウチは申請さえすれば副業はOKだが、田口がやっているとは知らなかった。田口は照れくさそうにスマホを取り出すと、「フリマアプリっス」と言いながら俺に画面を見せてくれた。
そこには青や白のビーズを銀色の糸でまとめた、なんともかわいいネックレスが写っていた。出品者と書かれた欄には『タグッチ』と記載されている。
「これって、もしかしてお前が?」
ちなみにこいつの本名は
「そっス。コレ、自分が作ったんス。今まで言ってなかったッスけど、自分、実は趣味でアクセサリー作ってて、それをこのフリマアプリで売ってるんスよね。それでさっきアプリを見たら、同じのをもう一つ欲しいってコメントがきてて、勢いでハイって言っちゃったんスよ~。ってことで、これから家に戻って急いで作って、明日には送らないといけなくて。うへへ……」
仕事が増えたってのに田口の顔は嬉しそうだ。収入が増えるのが嬉しいのか、それとも趣味で作ったアクセサリーを気に入ってもらえてうれしいのか……まあその両方だろう。
「そういうことなら仕方ないな。また今度飲みに行こうぜ」
「ッス! んじゃお先に失礼しまっス!」
なぜか敬礼をした田口はくるっと後ろを向くと、さっさとオフィスから出ていった。
アニメ漫画ゲームなんかが趣味なのは知ってたけど、まさか手芸にまで手を広げているとはな。多趣味なヤツだ。
俺は田口を見送ると、部署の中を見回して他に飲みにいくようなヤツを探す……と言いたいところだが、いまどきは先輩から飲みに誘うのもハラスメントなんて言われる時代だ。
誘うどころか、誘ってくださいとしつこいのは田口くらいで、他のヤツはあからさまに嫌な顔するんだよな。しゃーない、今夜は一人で飲むとするか。
◇◇◇
「はぁあ~。飲んだ飲んだ~っと」
思わず上機嫌に独り言がこぼれるくらい、馴染みの居酒屋で独り酒を楽しんだ帰り道。
今夜は店の大将が新しく仕入れたというお高い酒を、勧められるままに飲みまくったのだ。たしかにうまかったのだが、そのぶん財布の中身が軽くなってしまった。今月はもう飲みに行けないかもしれない。
そんな懐事情のせいか、田口の言っていたアプリのことがふと気になった。
……フリマアプリか。ちょっと調べてみるかな。ウチにも使わなくなった服や小物はいくつかあるし、簡単に取引できるのなら売っぱらって、酒代の足しにでもなってくれればありがたい。
俺はスマホを片手にアプリを検索。これまでフリマアプリに興味はなかったけれど、それでもこの時代、多種多様のフリマアプリやフリマサイトが世間にあふれていることくらいは知っている。
そこでは自分が不要になった物や田口のように自作の小物を売ったりとか、もちろんそれらを買うことだってできる。
さらにはスキルを売るということで、注文を受けたイラストや音楽の販売や、小説や漫画の添削の橋渡しをするサイトまであるらしい。
田口が使ってるのはどんなアプリだったっけか。どうせなら同じのがいいよな、よく見ておけばよかった。そんなことを考えつつ、アプリストアでフリマアプリの検索画面結果を適当に流し読みしていると――
突然目の前が真っ暗になり、足元から地面が無くなったような感覚に襲われた。
俺はそのまま落ちて落ちて落ちて――何もできないまま、意識は闇の中へと沈んでいく。
……意識を失う寸前、暗闇の中で光り輝く白髪の老人と金髪の美女が言い争っている。そんな光景が見えたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます