64話 ペット用ベッド

 当然といえば当然だが、ヤクモにだけはツクモガミのモニターが見える。モニターを覗き込んだヤクモに、ペット用ベッドをいくつか見せてやった。


 クッションに囲いがついたようなタイプ、さらにそれに屋根がついたタイプ。少し珍しい物の中では、壁に引っ掛けなくてもいい自立式のハンモックタイプなんてのもある。


「予算は5000Gくらいまでに抑えてくれるとありがたい。どうだ、気に入ったのがあったか?」


 だがヤクモはひと通り俺が紹介したものを見終わると、ふるふると首を振り、


「ワシはベッドなんていらーん」


 などと言い放った。


「え? 本気で言ってんの? お前もずっと俺の足元で寝るのなんてイヤだろ」


「そんなん別に構わんわい。まぁ、お前がワシを神として敬いたいと、勝手にベッドを購入するのなら話は別じゃがなー」


「アホか、なんで俺がお前を敬うんだよ。人としてどうだろうと思って、気を使っただけだっての。……本当にベッドはいらないんだな?」


「いらーぬ!」


 腕を組んだヤクモがドンと胸を張って答える。


「それじゃあもしかして、ベッドよりも欲しい物は……」


「うむ! ワシはカップラーメンを所望するのじゃ! 仕事しながら寝ることに比べれば、お前の足元でたまに蹴られながら眠るのだって全然余裕なのじゃ。それよりも、ワシは、ワシはの、またあの……カップラーメンを食べたいんじゃい!」


 たまに蹴られていたのかよ。俺の寝相はあまり良くないとはいえ、それに関してはマジで申し訳ない。


「もう何日もカップラーメンを食っとらんのじゃ。昨日の魔物肉は美味かったがな、しかしやはりカップラーメンが一番じゃとワシは確信したぞ。あの濃ゆくて寿命を縮めてきそうなガツンとした味わいは他のどんな食べ物にも代えられんのじゃっ! じゅるるるっ……!」


 口から涎を垂らしながら力説するヤクモ。すっかりジャンクフード中毒じゃねえか。俺は大きく息を吐いて答える。


「はぁ……。お前がカップラーメンがいいってなら、それでもいいけどさ……。じゃあ5000G分でいいな? お前にはどうせわからないから、俺が適当に見繕ってやる」


「ごっ、5000G……!? そ、そんなに食わせてもらえるのか!?」


「ああ、一度言っちまったからな、別にいいよ。その代わり、後でやっぱりベッドが欲しいって言っても買わないからな?」


「神に二言はないっ! それよりも……そうかあ、5000G分かあ……。どんなものが届けられるのか、想像するだけで胸が高鳴るのう……。そんなに貰えるのなら、ワシも必ず明日までにアップデートを仕上げてみせるゆえ、楽しみに――」


 俺はヤクモの決意表明を慌てて遮る。


「待て、待て待て! そんな必死こいてやらなくてもいいって! 別に急がないし、何日かけてもいいから、睡眠不足にならないようにのんびりとやってくれ……」


「んなっ!? 納期とは己の仕事量の限界ギリギリを攻めるのが常識じゃろ。そんなことでいいのか?」


「どこの常識だよ、それ……。とにかく、そうだな……それじゃあ一週間で頼む」


「承知したのじゃ。しかし一週間か……。ワシ、一週間もかけてやれるかな。うっかり徹夜して明日までにやってしまいそうで心配なのじゃが……」


「どういう心配だよ……。とにかくゆっくりやってくれ、頼むぞ?」


「わかったのじゃ。がんばるぞい」


「ゆっくりやるのをがんばるって意味わからねえ……と、クリシアがやってきたみたいだ」


 俺の【聴覚強化】がクリシアの足音を拾った。するとヤクモは軽く頷いてみせる。


「うむっ。それではなっ」


 ヤクモは再び狐姿に戻ると、俺の足元にチョコンと座った。しばらく待つと扉が開き、そこからクリシアが顔を覗かせる。


「あら、今日も起きてるんだね? おはようイズミ、ヤクモちゃん」


「ああ、おはようクリシア」

「ニャンニャ」


 俺の……というかヤクモの返事に、クリシアはほっこりと顔を蕩けさせながら中に入ってきた。


「昨日はごちそうさま。私あんな美味しいお肉初めて食べたよ。それじゃご飯できてるからウチに来てね。あっ、洗濯物もらっていくから」


 クリシアは部屋の隅に置いているカゴごと俺の脱いだ衣服を持っていくと、さっさと部屋から出ていった。クリシアには俺の服の洗濯までしてもらっている。ついでだからとは言うけれど、本当に彼女には頭が上がらない。


「さてと、それじゃ今日も一日がんばりますか」


 俺が呟きながらベッドから立ち上がると、モニターにメッセージが流れる。


『診療所もいいがな、狩りのほうもするのじゃぞ』


『ああ、そうだったな。そっちもこれからどうやってこなしていくか考えないとだなー』


 俺はそうタイピングすると、クリシアの背中を追って部屋から外に出たのだった。

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