63話 腕を前から上にあげて
ホーンラビットリーダーを倒し、宴会で騒いだ翌日。軽く痛む二日酔いの頭に【キュア】をあてながら、俺はベッドから体を起こした。
軽く伸びをして、ふと自分の足元に目を向ける。そこにはいつものように狐姿のヤクモが体をくるんと丸くして、ぐっすりと眠っていた。
俺たちが寝ている間にクリシアが起こしにくることもあるので、狐姿で寝るしかないのは仕方ない。
しかしベッドの片隅、しかも俺の足元で寝かすというのは、なんだか申し訳ない気分にならんでもなかった。従魔ということになってはいるが、俺は別にコイツのご主人さまじゃないからな。
前にベッドの隅で寝かせて悪いな言ったこともあるんだが、その時は「椅子を二つ並べたベッドで眠ることに比べれば全然マシじゃ」と、また何かを思い出したのか死んだような目で答えてたし、そんな悲しいコイツの睡眠環境をできれば改善してやりたいところではある。
一番てっとり早いのはツクモガミでヤクモ用のベッドを買うことだろう。人用のベッドだとクリシアに変に思われるので、ペット用の物になるが、それでも俺の足元で寝るよりはマシだと思う。
そんなことを考えていると、ヤクモが目を覚ましたらしい。猫のようにぐっと背筋を伸ばしてあくびをするとベッドから飛び降り、ぼふんと煙が立ったかと思うと人の姿に変わっていた。
「イズミ、おはようなのじゃ。それではワシは朝の体操を行うからの。……ふーんふふ、ふふふふ、ふーんふふふふふふ、ふふふふふふふふ、ふふふふふーん、ふーん」
イントロを口ずさんだヤクモは、いっちにーさんっしーと独りでラジオ体操を始めた。
これは俺がある朝、眠気を覚ますためにラジオ体操をやっていたのを見たヤクモが気に入ったことから始まっている。今ではすっかりヤクモの朝の日課だ。
「うむー。こうして朝から身体をほぐすのは、とても気持ちいいのう。しかもこの体操は全身の隅から隅まで滞りなくほぐれるのがいい感じじゃわい。……今日はイズミはやらんのか?」
体を横に曲げる運動をしながらヤクモが尋ねる。
「あー、俺は今日はいいや……」
俺はさすがに修羅場をくぐって宴会して――な翌日に、健康的に体操をする気にはならなかった。それどころか診療所だって休みたいくらいだ。
そうしてしばらくヤクモのラジオ体操をぼけーっと眺め、ラジオ体操第二まで進み、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた頃、ふと思いついた。
そろそろこいつに新しい仕事を頼むのも良いかも知れない。ちょうどベッドの件もあるしな。
「ヤクモー、お前に仕事をやるよ」
「おっ、仕事とな! なんじゃ、なんじゃ? どういう仕事じゃ!?」
ぴょんぴょんと跳ねるのを継続しながら目をキラキラさせて俺に近づくヤクモ。こいつ、そんなに仕事がしたいのか……。そんなヤクモに軽く引きながら、俺は思いついたプランを話す。
「ツクモガミのアップデートの件なんだがな……。商品を購入すると、ダンボール箱に入ったのがポンと落ちてくるだろ? あれを外に出さずにストレージに入ったままにすることはできるか? ストレージの中で梱包を開封できるならなお良しなんだが」
今後もきっと人前でツクモガミを使うことがあるだろう。その度に相手の人となりを探ったり、ごまかしたりするのは正直面倒だ。アップデートが実現すれば、かなり手間を省ける。
「ふむ、箱ごと直接ストレージに送るのが簡単じゃが、梱包は……ダンボール箱は消えてもよいのか?」
「いや、アレはアレで使い道があるから取っておきたい」
昨日の宴会でも、木炭に風を送るうちわ代わりにしたり、テーブル代わりに使ったりと大活躍だったからな。
俺からの返答に、ラジオ体操を止めたヤクモが顎に手をあてて、ぶつぶつと独り言を始めた。
「じゃよなー。それなら次元の力にさらに……掛け合わせて……ワシの領域から……そこで……。……うむ、うむうむっ、できそうじゃぞ! それでそれで? 報酬はいかほどじゃ!」
ヤクモが興奮気味に尻尾をパタパタさせながら尋ねる。
「それなんだけどな、お前用のベッドを買ってやろうと思ってさ。ほれ、こんな感じのやつ」
俺はベッドに腰掛けると、ツクモガミを操作してペット用のベッドをいくつかヤクモに見せてやった。
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