291話 飲んだらキュア

 親父さんとキース、ついでにヤクモも混ざってひたすらに飲んだ翌日。


「うげえ……頭が痛あぁ……」


 久々に二日酔いの痛みを覚えながら俺は目覚めた。こういうときはあの魔法だ。


「キ、キュア……」


 かすれた声でキュアを唱える。その瞬間、痛みと気持ち悪さがスウッと消えてなくなった。こいつは本当に素晴らしい魔法だよ、酒飲みには必須と言っていいよね。


 ちなみにアルコールは毒だなんて話も聞くが、【毒耐性】【毒無効】のスキルを持っている俺でも普通に酒に酔えている。耐性や無効の症状は現れていない。


 これは酔いたいという俺の意思が耐性をさまたげているんじゃないかとヤクモが言っていた。


 つまり仮に水だと思って間違って酒を飲んだ場合は、しっかり【毒耐性】が発動して酔わないってことだ。便利なスキルすぎる。


 とにかくそうして二日酔いを治した俺は、体を起こして辺りを見回した。


 自分でベッドに入った記憶はまったくないのだけれど、俺が寝ていたのはよく見知った場所――以前もお世話になっていた教会内の客室だった。


 そして俺の足元では、狐姿のヤクモが丸まりながら俺をじっとりと見つめていた。


『ようやく目を覚ましよったか。ワシ、待ちくたびれて腹が減ったのじゃ』


 言った途端にヤクモの腹がきゅるるる~と鳴った。


 それなら俺を起こせばいいのにと思わなくもないけれど、コイツなりに気を使ったのかもしれないな。昨夜は楽しそうにから揚げをバクバク食っていたし。


『よし、それなら朝飯を用意するか。今日はリンゴでいいか?』


『リンゴか、いいのう! リンゴなら二つは食いたいのじゃ!』


『昨日あれだけ食べてんのに、よく朝からそんなに食う気になれるな……。まあいいか、それじゃあ俺は親父さんに挨拶してくるから』


『うむ、朝の挨拶は大事じゃな。人付き合いは礼に始まり、礼に終わる。円滑なコミュニケーションは職場の活性化にも繋がるからのう!』


 なにやら言ってるヤクモをスルーして俺はリンゴ二つをヤクモに手渡す。


『おお、今日はのようなのじゃ。さっそくいただくぞい!』


 ヤクモは狐姿のまま器用にリンゴを持ってかぶりついた。


 ちなみにいつもツクモガミでは訳ありリンゴを購入しているので、小さかったり形がいびつだったりするリンゴが混ざっていたりするのだけれど、その中でも色ムラが出ているリンゴをヤクモはアタリと呼んで喜んでいる。


 俺からすれば普通にハズレなんだけど、ヤクモは色ムラによる色彩のグラデーションが好みなのだそうだ。ゲーミングPCとか好きそう。


 俺はシャクシャクと小気味良いリンゴの咀嚼そしゃく音を聞きながら客室を後にした。



 ◇◇◇



 客室を出るとそこは礼拝堂になっている。俺が礼拝堂に足を踏み入れると、祭壇の掃除をしていた親父さんが片手を上げた。


「ようっ、イズミ目が覚めたか! いやー、昨日は楽しかったな!」


「そうだな、俺もあんなに飲んだのは久しぶりだよ。……というか親父さん、俺よりもビールをガバガバ飲んでたけど大丈夫か?」


 俺の記憶は曖昧あいまいだが、親父さんは缶ビールでダースくらいは余裕で飲んでいた気がする。しかし親父さんの顔は元気いっぱいだ。


「ああ、あれくらい大したこたーねーよ。喉越しは格別に良かったけどよ、前にイズミの出してくれたワインに比べれば酒精も少なかったしな」


「ワインと比べたら、そりゃあそうだけど。……そういや昨日はワインを出すのを忘れてたなあ。いちおう準備はしていたんだけどさ」


 とりあえずから揚げにはビールだし、ワインは後から出そうと思っていたんだよ。でも酔っ払ってたせいでそのことをすっかり忘れていた。


「なんだよ、ワインもあったのかよ~。くそう、残念だぜ……」


 情けない顔でがっくりと肩を落とす親父さん。……うーむ、そういうことなら太っ腹なところを見せるとするか。


「それじゃあ何本かワインを置いていくよ」


「えっ、いいのかイズミ!?」


「いいよ、今日は泊めてもらったしな。その宿代がわりってことでさ」


「そうかい、ありがとよ。宿代なんて気にするこたーねえけど、庭で寝ちまってたお前を客室まで運んだ甲斐があったってもんだな。やはり神は善行を見てくださるということだ!」


 十字を切りながら上機嫌にワハハハと笑う親父さん。ってか、あれ? 俺って自力で客室に行ったのではなく――


「えっ、俺って庭で寝てたの?」


「ああ、そうだ。キースはそんなに酔ってなかったから自分の足で帰ったけどよ、お前はぐっすり寝ていて起こしても起きねえから俺が客室まで運んだわけだ。まあお前は軽かったし、運ぶのも大したことはなかったけどな。こうやってヒョイッとな?」


 両手で米俵こめだわらを抱えるようなポーズをする親父さん。


 ……いや、ごまかすのはよそう。どうやら俺は親父さんにお姫様だっこで客室まで運ばれたらしい。知りたくはなかった……。


「そ、そうか……。そりゃあ迷惑かけたな。ぜひともワインを持っていってくれ。そしてその日のことは忘れてくれるとありがたいよ……」


「んあ? 変なヤツだな。よくわかんねーけど、わかったよ」


 首を傾げながらも了承する親父さん。それでいい、そのまま忘れておくれ……。


「それじゃあワインはここに置いていいかな? 六本あるんだけど」


 俺は事前に用意していたワインをストレージから取り出して祭壇の上に並べた。


「ああ、掃除が終わったら持っていくからよ、そこにそのまま置いといてくれ。今日の昼には出るんだろ? それまでゆっくりしていきな」


「うん、そうさせてもらうよ」


 そうして親父さんは掃除に戻り、俺は外に空気を吸いに礼拝堂を出た。


 ちなみに宴会の後の庭は何事もなかったかのようにきれいに掃除されていた。俺のカセットコンロやらなにやらも端っこに集めてくれているし。


 俺は親父さんに感謝をしつつ、自分の持ち物をそそくさとストレージに収納していったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る