292話 天使の分け前
後片付けを終わらせた俺は、しばらくレクタ村をぶらぶらと散歩することにした。ヤクモは食休みである。
せっかくなので以前世話になった指圧師のサジマ爺さんに会いに診療所にも行ったのだが、いやらしい顔をして中年女性の腰回りを揉みほぐしてる最中だったよ。スケベは相変わらずのようだ。
その診療が終わった後、俺との再会を喜んでくれるサジマ爺さんと茶を飲みながら、しばらくどうでもいい話をした。
ライデルの町での出来事も話したのだが、俺がバジに連れて行ってもらったキャバクラ的なお店の話にやたらと食いついてきた。サジマ爺さんが若い頃はそういう店はなかったらしい。
そのうちライデルの町まで行ってしまいそうな勢いだったけど、そこそこお高い入店料を聞くと様子が一転、『診療所なら身体を触って金まで貰えるからこっちでええわ』とキッパリ諦めた様子だった。それはそれでどうかと思うよ。
◇◇◇
そして昼になり、俺とヤクモは海洋都市サウロシアスに向けて旅立つことになった。キースも見送りに教会まで来てくれている。
「それではイズミ、この魔道袋と弓をラウラに渡してくれ。よろしく頼む」
キースは俺が一度渡しておいた魔道袋と、ラウラへのおまじないが刻まれた三つの弓を俺に手渡す。おまじないの文字は達筆すぎて俺には読めない。
そして魔道袋には、ラウラが旅立つときに持ちきれなかった衣類や日用品などを入れておいたのだそうだ。絶対に中を覗くなとシスコンに厳命されたよ。
「それとこれは
キースは背負いかごにごっそりと詰め込んでいた矢の束を、俺の足元にどかどかと置いていく。ピンと真っ直ぐで歪んだものがひとつもない、メイド・イン・キースの矢である。
「いやあ、助かるよ。俺も自分で作れるようにはなったけどさ、お前の作った矢が一番撃ちやすいからな」
「そうか」
いつものように眉間にシワを寄せたまま短く答えるキースだが、その口元はかすかに緩んでいた。どうやら今の言葉が嬉しかったらしい。この照れ屋さんめ。
そうして二人で話していると、教会から親父さんが外に出てきた。なぜか腕を組みつつ首をかしげている。
「親父さん、どうかしたのか?」
「いやあ、イズミよー。お前たしかワインを六本置いておくって言ってたよな? それがな、何度数えても探しても礼拝堂には五本しかワインが見つからねーのよ。もしかして俺の聞き間違いだったか?」
「いや、六本置いたはずだけど」
買っていた六本セットをそのままあげたからな。……うん、ツクモガミの履歴を確認しても《ワイン飲み比べセット六本入り》と表示されている。
「そうか……。でもな、祭壇の上には五本しか置いてなくてよー。もしかして神が酒をお召しになったとか……なんてな」
冗談っぽく笑う親父さんだが、突然ヤクモが尻尾をピンと立てた。
『うおい、イズミ! まさかお前、祭壇に酒を置いたのかうおいっ!?』
『えっ、そうだけど……もしかしてマズかった? 神様に罰当たりなことをしたとかそういうこと?』
『いや、そうではない! むしろ祭壇に供物を捧げるのは良きことなんじゃが……。お前のワインが無くなったということは、神界に持っていかれたのかもしれん』
『つまり、例の巨乳の主神様が俺のワインをパクったってことか?』
俺は思わず教会を見上げる。この教会の屋根にも飾られているボインボインの女神像は主神様がモデルらしいんだけど。
『パクったなぞ、人聞きの悪いことを言うでないわ! ツクモガミにも技能の神が祭壇アイコンを作ったじゃろ? そもそも祭壇とは人の子が神に供物を捧げるための神具なのじゃ』
『それじゃあ神様って、普段も祭壇から貢いでもらっているのか? そんなの今まで聞いたことなかったけど』
『いや、違う。普段は供物を通して人々の信力をいただくのが習わしじゃ。めったなことでは現物は持っていかんのじゃが』
『ふーん、そういうもんか。まあ別にワインの一本くらい持っていっても構わないんだけどさ。それにしても主神様も酒を飲むんだなー』
『いや……主神様とは限らん。祭壇モニターはすべての神で共有されとるからな。とはいえ祭壇モニターなんぞ、これまではめったに見る者はおらなんだのじゃ。……しかしお前がこちらに転移して以降、徐々に同時視聴者数が増えていっておるとは聞いておるし、このままいけば人気のライブチャンネルのひとつになる可能性もあるかものう』
『なんだよ、そのミーチューバーみたいなの。……まあとりあえず、祭壇をモニタリングしていた神様のうちの誰かが酒を持っていったってことか』
俺の問いかけにヤクモはコクンとうなずく。
『それは間違いなかろ。そういうことなんで、ヘタに祭壇にツクモガミで仕入れた物を置かないほうがいいぞい。味をしめれば森の神みたいに厄介事が持ち込まれるやもしれんからな』
『うーむ。その厄介事もリスクなりに結構なリターンがあったんだけど……。まあたしかに面倒な仕事は吹っかけられないに越したことはないな。タダ働きさせられるかもしれないし』
『そう言われると、もっと勤勉に励めよと言いたくなってくるのじゃが……まあそういうことじゃ』
とりあえず、ワイン一本を神様が持っていったことはわかった。よし、そういうことなら――
「あー……親父さん。どうやら俺、一本置き忘れてたみたいだわ。ごめんよ」
「おっ、そうなのか。なんだか悪いな?」
俺はその場でツクモガミで少しお高いワインをポチり、親父さんに手渡した。親父さんも楽しみにしていたし、いちおう帳尻を合わせておいたほうがいいだろう。
よし、これでやり残したことは他にないな。俺は二人に向き直った。
「それじゃあ、そろそろ行ってくるわ」
「おう、クリシアに手紙忘れんじゃねーぞ」
「ラウラの弓も頼む」
「何度も言わなくたってもうわかってるって。それじゃーなー」
本当はもっとのんびりしたかったんだけど、親バカとシスコンがそわそわしているんだから仕方ない。それにまあ、俺もクリシアとラウラのことが心配じゃないと言えば嘘になる。
俺は教会に背を向け、レクタ村を後にしたのだった。
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