293話 サウロシアスへ

 レクタ村から出てしばらく歩いた。


 人気ひとけのないことを確認した俺は、ストレージからママチャリを取り出し狐姿のヤクモを前カゴに乗せる。


 あれだけメシを食っているのに、いつもながらヤクモは軽い。


 まあ首に巻き付くこともよくあるので、軽いのはありがたいんだけどね。太ってきたらカップラーメン禁止令発令だよ。


「なあヤクモ、サウロシアスにはどういう道のりで行けばいいんだ?」


 なにかと頼りにならないヤクモだが、この世界の地理についてはまあまあ頼りになる。頼られて嬉しいのか、前カゴの中のヤクモが上機嫌に尻尾をブンブンと振りながら答えた。


「うむっ! まずはライデルの方角に戻り、途中で南の方へ向かうといい。後はそのままずーっと南に進めばそのうちサウロシアスに到着するぞい」


「えぇ……なんか雑すぎない? そんなので本当に行けるのか?」


「心配無用じゃいっ! サウロシアスというのはおそらく百年ほど前は小さな漁村だった、あの集落のことじゃろ? 今はライデルよりも大きな町になっとるというのはちと驚いたが、まず間違いなかろ」


 どうやらヤクモの地理に関する知識はずいぶん古いものらしい。けれどまあ、天変地異でもない限り地図は変わらないだろうし、大丈夫かな……?


「わかったよ。それで日数はどれくらいかかりそうなんだ?」


「そうじゃなあ……。お前がままちゃりを急いで走らせれば一ヶ月ほどで着くとは思う。……い、いや、ままちゃりで急ぐというのは、もちろん常識の範囲内のスピードで、じゃぞ?」


 ビクビクと耳を震わせながらヤクモが言う。どうやらヤクモは俺が【騎乗+1】で調子に乗って爆走したことが軽くトラウマになっているみたいだ。あのときはすまんかった。


 確か……、クリシアたちの商隊はレクタ村を一ヶ月前に出発し、商売をしながらサウロシアスに向かうと聞いた。


 それなら俺のママチャリで急げば追いつくかもしれないのだが、うっかり追い越す可能性もあるし、そもそもルートが違う可能性もある。そう考えると――


 ――うん、サウロシアスで合流が一番手堅そうだな。


「よし、それじゃあ安全運転でのんびりサウロシアスを目指すとするか。それで途中に町なんかがあれば、そこにしばらく泊まるのもいいな。サウロシアスに着くまでずっと野宿はキツいし」


「うむ、それがよいと思うぞ! 計画的なアプローチによるリスクマネジメントは大切じゃからな!」


 ヤクモがなんか言ってるけど、とにかく安全運転でゆっくり行こうってことだと思う。


「よし、それじゃーいくぞ」


「うむっ!」


 俺は安全運転を心がけつつママチャリのペダルを踏み込む。こうして海洋都市サウロシアスへの旅がスタートしたのだった。



 ◇◇◇



「ずるずるずるっ……。さすがに移動も飽きてきたのうー。ずるずるっ……」


 夕暮れの岩場。アウトドアチェアに座ったヤクモがカップラーメンをずるずるとすすりながらつぶやく。


 俺たちがレクタ村から出発してすでに一週間が経った。途中で二手に分かれた街道を南に進んだ後は、ひたすら南進を続けているといった状況だ。


 ここまでなんのトラブルもなく旅が進められているのだが、まあたしかに飽きたといえば飽きてきたよな。ここまで町どころか小さな集落すら見かけないし。


 すでに夕食を終わらせた俺は、晩酌のワインを紙コップに注ぎ、ツマミのビーフジャーキーをストレージから取り出した。


「そんなに移動に飽きてきたなら、気晴らしに明日はお前がママチャリをいでみるか? 俺が後ろから押してやるよ」


 俺も自転車ばかり乗っていないで、たまには走ってみるのもいいだろう。そう思って提案したのだが、ヤクモはぷいっと横を向く。


「アレはお前が途中で手を離すからもうやらんっ! それにワシは移動中も仕事しとるしな、さすがにままちゃりの操縦まではやれんわい」


「え? 仕事ってなんだ?」


 俺の問いかけに、ヤクモは信じられない物を見たかのように目を見開く。


「……は? イズミお前……もう忘れとるんか!? ツクモガミに【スキル削除】を実装する仕事をお前からけたじゃろがいっ!」


 ああ……、そういえばそんなものもあったな。


 もともと俺が長期休暇を取るために、仕事しろとうるさいヤクモを黙らせる方便みたいなものだったし、すっかり存在を忘れていたよ。


「も、もちろん覚えてるって。それで【スキル削除】の進捗しんちょくはどんな感じなんだよ?」


 するとヤクモはしょんぼりと耳を垂らし、カップラーメンに視線を落とした。


「いやーそれがなあ……。作るだけなら作れたんで後はツクモガミにプログラムを流すだけなんじゃがな……ぶっちゃけ神力が足りんのよ」


「神力? お前がツクモガミに神力を流してるんじゃなかったっけ」


 こいつはツクモガミの維持に神力を全振りしている影響で、他のことに神力を使えないポンコツと成り果てているらしいんだよな。そのポンコツがさらに言葉を続ける。


「そうじゃ。ワシの神力でツクモガミは動いておる。じゃが今までどんどんバージョンアップをしていた弊害かの、コードのスパゲッティ化が酷くてのう……。無駄なコードがどんどん増えており、必要神力が増えてきとる。新機能を実装するためには一度プログラムのリファクタリングをして、神力の効率化を図らねばならんのじゃ」


「よくわからんけど、神力が足りてないから色々いじる必要があって、もうちょい時間がかかるってことか」


「そういうことじゃ。正直、期日に間に合うか不安にもなってきたところじゃし……。よし、今日は久々に徹夜をすることにしようかの!」


「い、いや期日は気にしないでいい。ちゃんと寝てくれ」


 ふんすと気合を込めたヤクモに、俺は間髪入れずに言ってやった。そもそも期日がいつだったかも覚えていないしな。


「じゃがなあ……」


 どこか物足りない様子で眉をひそめるヤクモ。仕事中毒ワーカホリックはこれだから困る。なんとか言いくるめてブラックな仕事環境だけは阻止させよう。


 そう思いながらワインを一口飲もうとしたところで――


『だ、だったら……私が、神力を提供……するよ?』


 突然、鈴の鳴るようなかわいらしい声が頭の中に響いてきた。俺の脳内彼女とかではない、これは念話だ。……でも誰だよ?

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