152話 ぎゅうのどん

 作業台の上にカセットコンロ二台と炊飯鍋のライスクッカー、それと両手鍋を置いた。


 そうしてまずは炊飯から始めてライスクッカーのコンロに火を付けたところで、毎度のことながらヤクモがメニューを尋ねてきた。


『イズミー。今夜は何を作るんじゃ?』


『マルレーンはおにぎりも美味しそうに食ってたし、丼物どんぶりものを作ろうと思ってなー。今夜は……牛丼だ!』


『ドンブリモノ? ギュードン?』


 ヤクモが聞き返しながらこてんと首を傾げた。


『まあ見てなって、ええと……まずはっと』


 俺はツクモガミで検索を始め、レトルトの牛丼パック六食セット1280Gをポチッと購入。そしてストレージ画面の中でピピッと開封をすると、その六食分すべてを両手鍋に垂れ流した。


 作業を眺めていたマルレーンが、俺の手の辺りからドバドバっと流れ出た牛丼にビクっとしていたが、気にせず作業を続けよう。まずは弱火でじっくりと温める。


 後はご飯の上にかければ完成とも言えなくもないが……前の世界では食い飽きるくらいに食ったとはいえ、こっちに来てからは久々となる牛丼だ。


 せっかくだから美味く食いたいよな。そうなるとレトルトの肉だけじゃあ物足りない。


 俺はストレージからホーンラビットの肉を取り出すと、それを薄めにカットして両手鍋の中に投入、一緒に煮込むことにした。


 コンロを中火にして鍋をしばらく見守る。かなり適当な作り方だし、ホーンラビットの肉を入れた時点で牛丼とは言えないかもしれないが、俺は気にしないぜ。ホーンラビットの肉は前の世界の牛肉より美味いからな。



 しばらくするとホーンラビットの肉も煮え始め、なんとも甘辛くどこかチープな懐かしの牛丼の匂いが俺の鼻にまで漂ってきた。


 その匂いは足元のヤクモにまで届いているらしく、クンクンと鼻を鳴らしては、よだれを垂らしながら作業台の周囲をうろうろとしている。


 俺はコンロを弱火にすると、次は牛丼を入れる深皿をストレージから取り出そうとして――タップしかけた指を止めた。


 牛丼だぞ、ギュウのドンブリだ。ただの深皿でいいのか? ……いや、良くない。


 やっぱ久々の牛丼がただの深皿じゃあ雰囲気が出ないよな。そうだ、ここは丼鉢どんぶりばちを買うべきだろう。


 俺はさっそくツクモガミで丼鉢を検索。なるべく某牛丼チェーン店に似た色合いの丼鉢を選んで購入した。5つセットで3800Gだ。


 予想外の出費だが後悔はない。むしろ心の中のピースがかっちりと埋まったような満足感で一杯だった。


 俺はストレージから丼鉢を取り出すと、念の為に一度【クリーン】で清潔にしておいた。美品とはいえ中古だから一応ね。


 するとそれを見て、マルレーンが震えたような声を上げる。


「い、今の……も、もしかして、クリーンですか……?」


「ああ、そうだよ」


 そう答えると、マルレーンは目をキラキラと輝かせて俺を見上げた。


「ふわあ~すごい……。私のような野営好きからすると、クリーンはまさに憧れの魔法なんですっ……!」


 これ以上ない尊敬の眼差しが俺を射抜く。……どうせならフィールドウルフの相手をしているときにそんな目で見てほしかった。


 とはいえ、野営好きなら喉から手が出るほどほしい魔法だというのもわかる。外ではロクに洗濯も洗い物もできないだろうからな。


 マルレーンの空間収納を容量は知らないけれど、クリーンがあればその容量に余裕ができることは間違いない。


 それから黙り込んだマルレーンはしばらくもじもじと肩を揺らすと、最後にむんと両手のこぶしを握って俺に訴えかけた。


「あ、あの……私、クリーンを体験したことないんですっ! そ、それで、魔力に余力があるのなら、私にかけてもらうことはできないでしょうか……? 一度クリーンを体験してみたいんですっ!」


「おう、そのくらい構わないよ。ほい、『クリーン』」


 もったいぶることもないので、あっさりと了承してかけてやる。すぐに青白い光がマルレーンの全身を覆った。


 全身に取り巻く光を目を丸くしながらマルレーンが見回していると、やがて光が泡のように消えていった。


「こ、これで終わりなんですか……?」


 マルレーンがきょろきょろと自分の全身を見回しながら、戸惑ったように俺に問いかける。


 マルレーンが着ているのは地味な紺のローブだし、汚れがわからないのも仕方ないとは思うけど。


「ああ、そのはずだけど」


 どこが汚れていたのかも知らないし、そうとしか言えない。魔法でなんか、こう……うまくやってくれるのだ。


 そんな俺のそっけない言葉に、マルレーンはふいにローブの首元をつまむと、ローブの中に鼻を突っ込みクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。


 そしてしばらく嗅いだ後、ローブを戻し――


「本当だ……すごい……!」


 感心したように呟いた。そしてその一部始終を俺に見られていたことに気づき、顔を真っ赤にしたのだった。

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