220話 エルフ娘との初邂逅

「んぁ~……」


 あくび混じりの声を漏らしながら、手の甲でこしこしと目をこするエルフ娘。


 近づいて声をかけたいところだが、ヤクモ情報によるとエルフは人間嫌いらしいし、とりあえず離れて様子を見ることにしよう。


 そんな俺が固唾を呑んで見守る中、エルフ娘はゆっくりと上半身を起こした。それからしばらくぼーっと中空を見つめた後、辺りをきょろきょろと見渡し始める。


 そしてやや離れた場所に立っていた俺とばっちり目が合った。


「よ、よう……」


「ん」


 俺が軽く手を上げてみせると、エルフ娘は鷹揚おうようにこっくりと頷いた。あれ? もっと取り乱すとか思っていたんだが? いや、こっちのほうがありがたいんだけどさ。


 俺は一歩前に近づき、コンタクトを試みる。


「その……状況説明、いるか?」


「ん……。お願い」


 まだ寝ぼけているのか、どこかぼんやりした顔のまま、言葉少なに答えるエルフ娘。そんな彼女に俺はゆっくりと噛み砕くように答えてやることにした。


「あんたはだな、湿地帯沿いの川岸で倒れてたんだよ。それを俺が発見した。溺れて死にそうになってたから、俺があんたをヒールで回復した。……でもあんたの意識は戻らないし、そのまま湿地帯に置いておくのは危険だ。そこで俺があんたをここまで運んできた。と、そういうことなんだが……わかったか?」


「……ん、よくわかった。命を助けてくれてありがと……」


 それだけ言うと、エルフ娘は再びこてんとキャリーワゴンの中で横になった。


「おっ、おいっ! 寝るな! お前の事情を説明してくれよ!」


 俺が駆け寄ってゆっさゆさとキャリーワゴンを揺さぶると、面倒くさそうにエルフ娘が口を開いた。


「説明……いる?」


「めっちゃいるっての!」


 再びむくりと身体を起こすと、エルフ娘は今度こそキャリーワゴンから出ようと腰を上げ――自分の足を見つめた後、再び深く腰を下ろした。発見した時から靴がなくて裸足だからな。後でなんかツクモガミで買ってやるか……。


 エルフ娘はキャリーワゴンの中で三角座りをしながら説明を始める。


「私、リギラ族族長の娘ララルナ。今日はいいお天気だった。船で釣りをしてた。そしたら船が転覆して溺れた。……おわり」


「そ、そうか……」


 エルフ娘改めララルナの説明はとてもシンプルだった。


「あっ、そうそう。あなたにお礼、する……」


 ハッと思い出したように口を開いたララルナは、自分の服の腰の辺りにあるポケットをごそごそとやりだした。


「ああ、別にお礼なんていいって」


「遠慮することない。ちょっと待って」


 ごそごそを続けながらララルナが言う。そういうことなら貰っておこうかな。エルフからのお礼とか、正直かなり興味があるし。


 やがてララルナはポケットから何かを取り出すと、手をグーにしたまま俺の方へと突き出した。


 受け取れということだろう、俺はララルナの手の下に自分の両手のひらを差し出す。するとララルナはもう一度礼を口にした。


「とても助かった。ありがとう」


「ああ、気にするなって」


 ララルナが手を開くと、握っていた物がバラバラと俺の手のひらへと落ちてきた。いったいエルフのお礼ってなんだろうな?


 そうしてわくわくしながら覗いた俺の手のひらには――五個のドングリが転がっていた。うん、ドングリだ。


 ……うーん、【薬師】スキルがあるからわかるんだけど、コレ、森ならどこにでも転がっているような普通のドングリです。


「お、おう……。ありがとう」


「にひひ……。これくらいは当然」


 ララルナはにちゃりと口元を緩めて笑って答えた。大人びた綺麗な顔してるなと思ってたけど、笑顔はまるで子供みたいだ。


 その無邪気な顔を見るからに、俺をからかってるわけでもないらしい。そういうことならもちろん、いただきものを無下にはしない。


 俺が懐にドングリをしまうと、それを見届けたララルナは満足げにふんすと息を吐き、再びキャリーワゴンにこてんと横たわった。


 やべえ、マイペースっぷりについていけねえ。


『おっ、おい、ヤクモ。エルフってのはみんなこんな感じなのか?』


『い、いや……もっと神経質で、警戒心が強い種族のはずなんじゃが……』


 信じられないものを見るように、ヤクモがキャリーワゴンを見つめたまま固まっている。


『これのどこがだよ? それでコレ、どうすりゃいいんだ……』


『わ、わからん……』


 早くも寝入ってくうくうと寝息を立てているララルナを見つめながら、俺とヤクモは二人で途方に暮れるのだった。


――後書き――


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