221話 ララルナ

「おい、寝るなって。おいっ」


 また寝られるのは困る。俺がゆさゆさとキャリーワゴンを揺らすと、まだ眠りが浅いお陰か、ララルナはあっさりと目を覚ましてくれた。


「むにゅ……。なに?」


「なにってお前……。こんなところで寝たら危ないじゃねーか。魔物がくるかもしれないし、俺だって信用できるヤツかわからないだろ?」


「君は私を助けてくれたいい人だから信用する。でも、魔物は危ないね、気をつけます。……ところで君の名前……なに?」


「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はイズミ、そしてこっちは従魔のヤクモだ」

「フニャン」


 俺とヤクモが軽く自己紹介すると、それを聞いてララルナがコクリと頷く。


「よろしくイズミ、ヤクモ。……イズミはどこの部族なの?」


「部族? いや、そういうのはないんだけど」


 俺の答えにララルナが首をかしげ、それから目をぱちくりとさせた。


「……あれ? イズミ、耳がない?」


「耳ならあるよ。ほら」


 俺は髪をかきあげて、耳がよく見えるようにしてやった。すると急にララルナが吹き出した。


「ぷっ、丸い耳。変なの」


「俺からしたらそっちの方が変わってるんだけどな……。もしかして、こんな耳の種族に会うのは初めてなのか?」


「うん、初めて見た。……あっ、そういえば、父様が丸い耳の連中は悪いことをするから見かけても近づくなって言ってたような気がする……あれ? でもイズミは悪いことしないね?」


 おっと危ない。そのことを先に思い出されてたら、面倒なことになってたかもしれないな。それにどうやらララルナの父親はヤクモのイメージ通りのエルフで間違いなさそうだ。


 そういえば族長の娘とか言ってたし、ララルナは箱入り娘ってやつなのかもしれない。なんにせよ話しやすいのは助かる。今のうちにさっさと話を進めよう。


「悪いことをするつもりはないって。……それでな、そろそろ日が暮れるだろ? 俺たちはもう少し湿地帯から離れた場所で野営をするつもりなんだけど、ララルナ、お前はこれからどうしたい? 俺としてはせっかく助けたんだし、俺がやれる範囲でお前の手助けをしてやってもいいと思ってるんだが」


 俺の問いかけにララルナは顎に手をあてながら、うーんとうなり、しばらくしてから口を開いた。


「暗くなると危ない。いつも父様には夜に外に出たら駄目だって言われてる。だからちゃんと明るくなってから村に戻りたい。そのためにイズミが助けてくれると私は嬉しい。もちろんお礼もあるよ?」


 そういって今度は逆のほうのポケットをごそごそし始めるララルナ。俺はそれを押し止める。


「ああ、いい。ドングリはもう十分にもらったから……。まあ俺たちとしても、お前が帰る手助けをしてやるのは問題ない。よし、それじゃあ方針も決まったことだし、とりあえず野営の場所に行こうか」


「ありがとイズミ、ヤクモ。野営の場所、着いたら起こしていいよ」


 そう言って何度目かになるキャリーワゴン就寝を始めようとするララルナ。


「待て待て、寝るな! さすがに歩けるのにわざわざ引っ張ってやるつもりはないからな。起きたのなら自分の足で歩けって。……あー、ちょっと待ってくれ」


 そうだ、靴を買ってやらないとだ。俺はむくりと起き上がったララルナを待たせたまま、ツクモガミをチェック。


 ……うーん、前に履いていた靴がどんなのかは知らないけれど、コイツ素足だしブーツを履いてた感じはしないよな。サンダルでいいか。


 俺はなるべく地味な木製のサンダル(2500G)を選んでポチッと購入。足の甲に当たる布バンド部分がちょうど薄緑なので服と合わせた形だ。


「ほら、これをやるから、履いて自分の足で歩いてくれ」


 俺がサンダルを差し出すと、そのサンダルを見てララルナは目をきらきらと輝かせた。


「おお……。すごく素敵、かわいい。……これ、もらっていいの?」


「ああ、裸足で歩かせるのはさすがに悪いからな」


「ありがと、イズミ。やっぱりお礼する。珍しい形のドングリもあるよ」


「それは本当にもういいんで……。それより、ほら、早く履いてみてくれ」


「ん、わかった」


 ララルナは俺から受け取ったサンダルを嬉しそうにいろんな角度から眺めた後、ニマニマと笑みを浮かべながら中に足を入れた。どうやらサイズはぴったりのようだ。


 そしてそろりと足を伸ばし――ついにララルナはキャリーワゴンから地面へと降り立ったのだった。ふう、ここまで長かったぜ……。


「にへへ、ありがとイズミ。ほら、早く行こ?」


 どうやら新しいサンダルの履き心地を確かめたいんだろう、率先して歩こうとするララルナ。


 俺とヤクモは顔を見合わせ、やれやれという風に同時に肩をすくませると、前を歩くララルナの後を追ったのだった。

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