30話 ワイン

 夜食に釣られたのだろう、食い意地の張った銀狐は軽やかな足取りで戻ってきた。


 それを見た親父さんが申し訳無さそうに手を振ると、ヤクモはツンとそっぽを向いてみせる。これが精一杯の反抗らしい。


 苦笑を浮かべる親父さんを横目に見ながら、俺はツクモガミからビールを検索――しようとしてビールは冷えていないだろうと思い直し、常温でも飲める赤ワインに目標を変更した。ちなみに白ワインは冷えたほうが好きだ。


 赤ワインで検索すると、ずらずらっとモニターにさまざまな赤ワインが並んだ。安価なものから高価なものまで色々とあるが、さすがに高級品を買う気はしない。


 それらの中から比較的安い、二本2000Gの赤ワインを選んだ。本当はスーパーに売ってるような一本400~500円くらいの物でもいいんだけどな。残念ながらツクモガミには売られていなかった。


 次に買った酒のつまみは850G、ハム屋の直販らしい辛口ビーフジャーキーだ。量は思っていたよりも多い。これはお買い得だな。


 これで所持金は残り16102G。結構減ってしまった。明日からは金策も考えていかなければいけないよなあ。


 そして金を使えばその分☆が増えるわけだが、スキルポイントは72☆まで増えた。


 ……あっ、そうだ。スキルと言えば、目の前にいるムキムキのおっさんだよ。ヒール以外にもさぞかし良いスキルを持ってるに違いない。


 こちらに戻ってくるときにヤクモに確認したんだが、やはり最後に触れた人の持つスキルを習得可能になるらしい。


 俺は紙コップに入れたワインを親父さんに手渡すときに軽く指先をおっさんの手の甲に触れさせる。これでムキムキおっさんのスキルを習得できるはず。


 こちらは後で調べるとして――まずは乾杯だ。


「さあ、飲んでくれ」


「へえ……赤ワインか。じゃあ遠慮なく」


 親父さんは紙コップを軽く揺らして匂いをかぐと、ぐびりと喉を鳴らして豪快に飲んだ。そしてくわっと目を見開き――


「なんじゃこりゃあー!」


 クソでかい声で吠えた。なんだなんだ? 劣化していたのか!? だけど☆は貰えたから不良品じゃなかったはず――


 俺は自分の手に持つ紙コップから、舐めるようにそろっと一口だけ飲んでみた。――うん、まあ安物だけど、十分うまいよな?


「どうしたんだよ、親父さん。そんなにまずかったのか?」


 俺とは違って親父さんは結構良い物飲んでるんだな。そう思って尋ねたのだが、親父さんは再び紙コップを傾けて中身をあおって一気に飲み干し――


「なんちゅう美味さだ! 俺はこんないい酒、飲んだことねえぞ! くあ~! 効く~~~!!」


 目をぎゅっとつぶり片手で胸をどんどん叩き、なんとも言えない顔を浮かべる親父さん。すいーっと目の前にモニターがやってきて文字が浮かび出る。


《ワシの記憶がたしかなら、この世界の酒はアルコール度数が低く、お前の世界の物に比べれば水で薄めたようなもんじゃよ。ところでほれ、ワシにも早うジャーキーとかいうやつをくれ。酒はいらんからな》


 なるほど、そういうことか。まあ美味そうに飲んでくれるなら奢り甲斐もあるよな。


 そう思いながら紙皿に赤いジャーキーを数枚のせ、ヤクモの前においてやった。そういやカップラーメン三つも食べてまだ食欲あるんだなコイツ。


 ヤクモはジャーキーに鼻先を近づけてくんくん鳴らすと、それから一口にバクリと口に含んだ。


《なんじゃこれ! 辛い! でもウマー!》


 律儀にモニターで食レポをしながら、はぐはぐとジャーキを噛み潰し始めた。


「イッ、イズミ! おかわりいいか?」


 すでにほんのりと顔が赤い親父さんが紙コップを突き出した。俺はそれにワインを注いでやりながら紙皿も差し出す。


「酒もいいけど、こっちも食べなよ。酒だけだと悪酔いするからな」


「お、おう、そうだな。これは燻製か? おおっ、酒に合うなあコレ!」


 親父さんもヤクモと同じようにジャーキーをくちゃくちゃとかじりながら笑顔を浮かべる。


 その様子を眺めつつ、俺も今度こそワインをごくりと一気に呷った。うん、やっぱり酒はみんなで飲むのが一番うめーなー。

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