29話 ヤクモ
「それで神様、俺はあんたのことをなんて呼べばいい?」
「うーむ、そうじゃなー。我が神名を呼ばせるわけにもいかんしなー。……よし、お前がワシを拾ったという
どうでもよさそうに言う神様。だがいい加減さに関しては俺だって負けてはいない。
「おうっ、わかった。それならツクモガミから取って、ツクモってのはどうだ?」
だが神様はすぐさま腕を交差してバツを作った。
「却下じゃい! ツクモとツクモガミではややこしいではないか!」
「なんだよ好きにつけていいんじゃないのかよ……。そういえば、なんでフリマサイトにツクモガミって名付けたんだ?」
「それはなー、お前の世界の勉強会で知ったのじゃが、お前の国では古い道具に神や精霊が宿るのを
狐狸うんぬんは知らなかったけど、付喪神という名前くらいなら俺も聞いたことはあるな。神様は自分の大きめの獣耳を触りながら話を続ける。
「そういうことで物品を司る神としては親近感が湧いてのー。実際に会うことは叶わなかったが、名前をいただいたのじゃ」
「ふーん、それなりに思い入れがあるんだな。……それじゃあツクモから一文字変えてヤクモならどうだ? これならツクモガミとも聞き分けられるだろ」
「ふむ……まぁそれならかまわんよ。ワシも覚えやすいしの」
「よし、改めてよろしくな、ヤクモ。俺のことはイズミと呼んでくれ」
「承知したのじゃ、イズミ。あとカップラーメン十個は忘れるでないぞー?」
それから俺は、ヤクモがカップラーメンのダンボール箱から自分が食べたいのを選りすぐっているのを見ながら――クリシアの問題がなにも解決していないことを思い出し、大きなため息をついたのだった。
◇◇◇
俺は狐化したヤクモと一緒に、親父さんのいる焚き火の元へと向かった。焚き火の前に座る親父さんは、俺を見るなり大声で笑い始める。
「ガハハハハ! イズミッ、戻ってきたか! さっきは災難だったよなあ、おい!」
「親父さん……。だいたいの事情はわかってそうだけど、なんでそんなに笑えるんだよ……」
俺はなんともげんなりとした気分になりながら、焚き火を挟んだ親父さんの反対側に座り込む。焚き火の向こうの親父さんの顔は、どういうわけか上機嫌に見えた。
「おうっ、クリシアのやつが迷惑かけちまったみたいですまなかったな」
「そうだよ、命を救われたら身も心もすべて捧げて恩に報いるって、さすがにちょっとな……」
「実はな、そもそも命を救われたら体で返すなんて、後から付け足された都合のいい作り話なんだぜ。知ってるか? 結婚前のシスターは付き合ってる男を呼んで、一緒に近くの森をうろつくんだ。そして木の影に隠れたところで、すぐ傍の男が『こんなところにいたのですか、さあ私が教会に送って差し上げましょう』と声をかけるんだよ。それでシスターは『ああ、森で迷った私を救ってくださるなんて! 命を救われたからには私はもうあなたのものです』と言うわけだ。そんな出来の悪い芝居をして結婚するのが、このあたりに伝わる慣習なんだよ」
なんとも身も蓋もない話だ。神父がそんなこと言っていいのかと思わなくもないけど。しかし親父さんは少し肩を落とし、遠くを見ながら口を開く。
「だがクリシアはかなり信心深くてな、すぐ思い詰めちまうんだよ。お前が寝ている間も恩の返し方でずっと悩んでるようでなあ……。それでこのままぐじぐじと悩み続けるより、一度お前に袖にされたほうがスッキリするんじゃねえかと思ってよ。それでああいうことになっちまったわけだ」
「ええ……。それじゃあ親父さん、俺がクリシアから逃げ出すのも見越していたってことかよ……」
「フン、神父といえば人と寄り添い、神との橋渡しをする仕事だぜ。人の本質を見抜けないヤツには務まらねえのよ。まあ……万が一、お前とクリシアがヤッちまったとしても、それならそれでよかったけどな! もちろん責任は取らせるけどよ! ワハハハハ!」
親父さんはまた豪快に笑い始める。目だけは全然笑ってないのが怖い。
そうしてひとしきり笑った後、親父さんが俺の傍に座る銀狐のヤクモを見ながら俺に尋ねた。
「ところで……さっきから気になってたんだが、そいつはなんだ?」
「ああ……さっき向こうで森を見ながら頭を冷やしてたら、こいつを見つけてさ。すごく懐いたから飼うことにしたんだ」
「ふーん、美しい毛並みの狐だな。……なあ、イズミ。これなら毛皮も結構な値段で売れると思うぞ。お前がいいなら剥いでやろうか?」
そんな本気か冗談かもわからない親父さんの言葉に、ヤクモはコソコソと俺の背後に隠れた。
「おっ!? もしかしてある程度、言葉がわかるのか? へえ……これは獣というより魔物だな? 懐いているならいい拾いモンじゃねえか」
「……獣と魔物は違うのか?」
「そんなことも知らね……いや、覚えてないってことだったな。それじゃあ俺が教えてやろう。獣は知性も低く魔力もない。だが獣よりは知性が高く、その肉体には魔力を構成する魔素というものが含まれてるものがいる、それが魔物だ」
「へえ、魔素かあ……」
「あちこちにある魔素溜まりという場所で魔素を浴びることで獣が魔物に変質するとも言われている。そして魔物から生まれるのもまた魔物だ」
「やっぱ、魔物って人を襲ってくるものなのか?」
「ほとんどの場合がそうだな。だが中には魔物を飼いならして狩りや畜産に役立てる者もいる。結局はその魔物次第ってことよ」
一通りの説明が終わると、親父さんは再びヤクモをじっと見つめる。
「なあイズミ、もうひとつ教えてやろう。魔素が含まれる魔物の肉は獣よりもうまいというのが定番なんだが……。やっぱ食っちまわないか? どうもさっきから腹が減っちまってよ」
親父さんがにたりと口をゆがめて中腰になると、ついにヤクモは背中を向けてぴゅーっと逃げ出してしまった。
「あー……冗談なんだが、本当に人よりちょっと下くらいの知能がありそうだな。すまん逃してしまった」
親父さんが頭をかきながら謝罪の言葉を口にする。人より下の知能というか、一応神様なんだけどね……。
「ああ、いいよ。たぶん戻ってくるから。それより親父さん、腹減ってるんだろ? 俺、もう今日は眠れる気がしないから、これから一杯やるつもりなんだ。酒を出すから付き合ってくれない?」
「……ほう、なんだお前飲めるクチか。まあこの辺は獣もこないようだし、飲んでもかまわんだろう。そういうことならご相伴にあずかろうじゃねえか」
「ああ」
俺はさっそくツクモガミを呼び出すと――モニターにメッセージが表示されていた。
『あのおっさんが怖いのじゃ。なんとかしてくれい』
俺は浮かび上がっているソフトウェアキーボードをポチポチと押して答える。
『単なるおっさんジョークだから気にするな。それより今から夜食を食うから戻ってきなよ』
そう打ち込んで、それから飲食カテゴリから酒とツマミを探し始めたのだった。
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