261話 帰り道
エルフ村からの帰り道。川を越え、湿地帯を抜け、後はひたすらママチャリで移動するだけの平原が続く。
行き道はスタミナポーションを飲みまくりの強行軍での移動だったが、さすがに帰り道はゆっくり帰ることにした。
フロートのお陰でパンク知らずのママチャリを走らせ、異世界の平原の景色を楽しんでいると、前カゴで同じように平原を眺めていた狐姿のヤクモがくるりとこちらを向いた。
「のうイズミ。ワシ……ちょっとこの平原を走ってみたいんじゃが、ええかの?」
あー……そういやコイツ、前もそんなこと言ってたっけか。ママチャリと並走するなら問題ないし、普段無駄に
「ふっふっふ。ワシ、全力で走るからな。果たしてお前についてこれるかの?」
ヤクモは前カゴから飛び降り不敵な顔で俺を見上げると、すぐさま進行方向に向かって一直線に駆け出した。尻尾をなびかせながらヤクモが叫ぶ。
「ふおー! 気持ちいいのじゃー! ワシ、風になっとるー!」
叫んでる台詞はともかくとして、平原を真っ直ぐに疾走する銀色の狐は、残念なことにまあまあ絵になっている。俺も置いてきぼりにならないように、その銀色目がけてママチャリを漕いだ――
――のだが、ものの一分もしないうちにヤクモは減速。よろめきながら足を止めると、その場にバタリと倒れ込んだ。
「こひゅーこひゅー……ぜーはーぜーはー。もう、十分……なのじゃ……。カゴに、乗せとくれ……」
「えぇ……、もっと頑張れよ。自然を満喫して野生にかえってみせろよ」
「ワシ別に野生ちゃうし……生まれたときから神じゃったしデスクワーク派じゃし……。まあもうちょい走れると思っとったんじゃがな……。はあはあ……暑いし、喉が乾いたのじゃ……。気まぐれでこんなんやるんじゃなかったわい……」
ぐったりしながら舌を出しているヤクモ。昔、友達が飼っていた老犬も散歩の後はこんな風になっていたな……。
しばらくヤクモは動けそうにないしカゴに入れてやってもいいんだが、休憩にもいい時間帯だ。ちょうどいい機会だし
「よし、それじゃあちょっと休憩するか。ついでに前に言っていた、かき氷を作ってやる」
俺の言葉にヤクモの耳がピクンと跳ね上がった。
「むっ、カキゴーリ! なんじゃいなんじゃい~、お前のことじゃから、すっかり忘れておると思っておったわ! カキゴーリ! カキゴーリ!」
元気を取り戻してママチャリの周りをぐるぐると走り回るヤクモに呆れつつ、休憩によさそうな木陰に向かいながら俺はツクモガミを起動させた。
「ふーむ……。業務用のゴツいのもいいけど……これにするか」
検索で出てきたいくつか出てきたかき氷機の中で、俺が選んだのはペンギン型かき氷機、1650Gなり。かき氷機といえばやっぱりコレだよな。
俺がストレージからかき氷機を取り出すと、それをヤクモがじろじろと興味深くみつめる。
「なんじゃこれ? これは食えんよな?」
「これを使って作るんだよ」
「ほほう、なるほど……。この器具は何かの生き物を模しているのか? なかなか愛らしいではないか」
「まあこれはかわいくデフォルメされてんだけど……ペンギンっていう寒い地域にいる生き物だよ。こっちの世界にはいないのか?」
「寒い地域はあるが、変化の少ないこの世界において輪をかけて何も起こらん地域じゃし、まったく興味がないからワシは知らん。氷の神なら詳しいかもしれんがな」
氷の神ってのもいるのか。それにしてもこの世界って神様がたくさんいる分、知識も能力も偏っているっぽいよな。と、まあそれはいい。ちょっといいこと思いついたぞ。
「……なあヤクモ。せっかくだからお前がかき氷を作ってみるか?」
「なぬ? カキゴーリとはワシにも作れる料理なのか? 自慢じゃないがワシ、料理なんてしたことないし、刃物を使ったら確実に指を切ってしまいそうなんじゃけど……」
「大丈夫、刃物を手に持ったりしないから」
「調味料もよくわからんのじゃが?」
「それもお前の好みで適当に決めりゃいいから」
「なんと……! そのような料理もあるのか。よし、そういうことならワシが作ってみようかのう!」
やる気になったらしく、ヤクモが目を輝かせて両拳をぐっと握りしめる。まあ正確にはかき氷を料理と言っていいのかわからんが、せっかくだからヤクモにやらせてみよう。
それから俺たちは木陰に移動し、ストレージから取り出した木箱の上にかき氷機を置いた。人型に戻ったヤクモが腕をまくる。
「それでそれで? こっからどうするんじゃ?」
「まずは氷を作らないとな……アイスアロー」
俺はペンギンの頭をパカリを開けて、そこにアイスアロー……というかブロック型の氷を作り出してどんどん投入していく。
満タンになったところで蓋を閉め、せっかくなので一緒に買ったガラス製の透明な器を本体の腹部に入れると、ペンギンの頭上にあるハンドルをヤクモに持たせた。
「む? これをどうすればいいんじゃ?」
「しっかり手で押さえながらハンドルを回してみろ」
「こうか?」
首をかしげながらヤクモがハンドルを回した。すぐにシャリシャリゴリゴリという音と共に、氷の欠片が器に向かって落ちてきた。ヤクモがそれを覗き込む。
「おっ、おおっ……! 氷が削れて出てきたのじゃ! なるほど、そういう仕組みなんじゃな、理解したぞ! ……じゃが、削れた氷なんかを食ったところで、美味くもなんともないと思うぞ?」
「いいからとりあえずハンドルを回しまくってみろ」
「ふむう……まあいい。お前は他はともかく食事に関しては信用できるからの。よおし、ゴリゴリゴリッ! そおれ、ゴリゴリゴリー! むっ……そうか! ゴリゴリ鳴るからカキゴーリなんじゃな!」
「それは違う」
変な勘違いをしつつ、ヤクモが力いっぱいハンドルを回していく。しばらくして透明な器の中に真っ白な氷の欠片がたんまりと溜まった。涼しげな器の中身を見つめながら、ヤクモが満足げに額の汗を拭う。
「ふうー、ひと仕事したわい! それで? ここからどうするんじゃ?」
「この中から好きなのを選んで、その氷にかけて食ってみな」
俺はヤクモがかき氷を作ってる間に購入した、三本のペットボトルを差し出す。
『いちご味』『メロン味』『ブルーハワイ味』、かき氷シロップの中でも定番の三つだ。ちなみに俺は子供の頃、ブルーハワイはハワイの特産品だと思っていたのだが、実際のところサイダー味だったりピーチ味だったりと明確な定義はないらしい。
「どれも派手な色じゃのう。ううむ、どれでもええのなら……これにしようかのう」
ヤクモが手に取ったのはいちご味のシロップ。ヤクモはそれをかき氷の頂点にちょびっとだけかけると、スプーンでさくっとすくいながら片眉を上げた。
「言うても氷にタレをかけただけじゃろ? まあ暑さをしのぐにはよいかもしれんが――ふおおおおおおお!? 冷たくて甘くて美味いのじゃー!」
ヤクモは一口を食い終わると、かき氷にどばどばといちご味シロップを振りかける。
「おい、あまり一気に食べると――」
俺の忠告を聞かずにバクバクとかき氷を食べながら、ヤクモが食レポを語りだす。
「はぐっ、はぐはぐっ。氷にタレをつけただけでここまで美味いとは。このワシが自ら作った料理というのも、また美味さを一層引き立てておるように思えるのう! ……はぐっはぐっ。口の中でさらっと溶けるからいくらでも食えるわい! これを食べた後は、別のタレもかけて食べてみるとするか――ふわあああああああ!? 頭がキーンと痛むのじゃあああああ!!」
突然ヤクモが頭を抱えて叫び声を上げた。
「こっ、これはどういうことじゃ!? もしかして……ワシ、毒を作ってしまったのか!? イズミ、ワシにキュアをかけてくれい頼むー!」
涙目で悶えながら俺の前にやってくるヤクモ。まあそうなるよな。コイツはいつも美味いからって一気に食い過ぎなんだよ。
「冷たいものを急に食べるとそうなるんだよ。しばらくじっとしてろ。そしてこれからはもう少しゆっくり食え」
「なぬっ!? ワシが毒を作ったわけではないということか? ――あっ、痛くなくなったわい。ふいい、焦ったのじゃ……」
ケロリと回復したヤクモはそこから恐る恐る慎重にかき氷を食べるようになり、それでも結局かき氷を三色とも制覇したのだった。
◇◇◇
――そんな出来事があった他は特に何事もなく、平原の中を二泊しながらひたすら進み――俺はママチャリから降りてストレージに収納する。
「はあ、ようやく戻ってきたなあ……」
いろいろとあった濃い遠征だったせいか、俺は感慨深く息を吐き出す。そんな俺の遥か前方には、約半月ぶりとなるライデルの町の外壁が薄っすらと見え始めてきていた。
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