36話 リグアの実

 食休みが終わり、移動を再開することになった。親父さんが言うには順調にレクタ村へと近づいてるそうなので、もうしばらくで着くとのことだ。



 それからしばらく……というか数時間経過した。


 いい加減クリシアと話すネタも尽き、足の裏がじんじんと痛みだしてきた頃、隣をてくてく歩いていたヤクモが急に先へと走りだした。


「あっ、おい?」


 ヤクモは俺の声にも耳を貸さず一直線に駆けていくと、進路から少し外れた雑木林に生えている、ひときわ大きな木の前で立ち止まった。その木にはミカンくらいの大きさの青色の実がたくさんっているのが見える。


 ヤクモはこちらに振り返ると「ンニャ」と鳴いた。初めてヤクモの鳴き声を聞いたけど、コンコンとは鳴かないようだ。なんだか猫みたいな鳴き声だな。


「おっ、リグアの実か。少しかじっていくか」


 親父さんは木に近づいてその青い実をもぎ取ると、そのままガブリと頬張った。隣ではクリシアも同じように実を口に含んでいる。


 それにならって、俺もかぶりついてみたが――


「すっぱ!」


「はは、まあ甘くはねえがな。汁が多くて喉の乾きを潤すには丁度いいだろう?」


「私はこの酸っぱさが好きだけどな」


 どうやら二人からすると、これは食べ慣れた果実のようだ。青臭いレモンを丸かじりしているようで、俺はあまり好きになれそうにもないけど。


『おい、イズミ。食うのもいいが出品も忘れずにの。あとワシはリグアの実はいらんからな』


 モニターにヤクモからのメッセージが流れる。ああ、そういうことか。


 俺はなんとかリグアの実をひとつ食べ終わると、手当たり次第リグアの実をもぎまくった。そして両腕一杯に抱えきれなくなったところで出品を念じる。


【リグアの実 八個 取引完了→650G】


 八個もあったのにずいぶん安い。あまり価値の高いものではないということだろう。しかし昨日の宴会でGもかなり減ってきたからな、売れるだけありがたい。もう一度もいで出品しよう。


【リグアの実 四個 取引完了→200G】

【リグアの実 取引停止中】


 俺の手元には三つの実が残された。残った実は捨てるのはもったいないのでストレージに収納だ。


 これで俺の所持金は12952Gとなった。ちなみにスキルポイントは77☆だ。昨日ワインを追加で購入したからな……。


「おいおい、たくさんみのっているからって、あんまり欲張りすぎるなよ?」


「ああ、もう採らないよ」


「ふふっ、イズミったらよっぽど気に入ったんだね」


 クリシアが俺を微笑ましそうに見つめるのが居たたまれない。余った分は後日クリシアにあげよう。


 さて、これもヤクモに聞かねばなるまい。再び移動を開始しながら、ツクモガミ経由でヤクモに尋ねる。


『なあ、出品の取引停止ってなんなんだ?』


『まず始めに、こちらが出品したものに関しては買い取る者は存在せん。お前の元いた世界に物品が渡ったときに、エーテル霊子のゆらぎを起こして消滅する。そして対価としてゴールドが支払われるわけじゃ』


 今はじめて明らかになったが、Gはゴールドと読むのか。さらにヤクモは続ける。


『買い取る者は存在せんのに、対価はいくらでも得られる。これをそのままにしておくと、いろいろ不都合が起きるのはわかるじゃろ? 例えばじゃ、お前は泉の水を売っとったけど、これがもし取れるだけ売れるのなら、泉の水を全部抜いとったかもしれん』


『まあ、たしかにそうだ。やってたかもしれないよなー』


『じゃろ? こちらの資源が根こそぎ持っていかれるのは困るのじゃ。そこでこちら側で量に応じて値段を安く設定したり、買い取り自体を中止することで、バランス調整しとるわけなのだ』


『なるほどね。それじゃあ制限ってそのうち解除されるのか?』


『その予定はある。じゃがな出品量、経過時間、場所、いろんな要因を重ねた結果、制限解除されるもんじゃからな。あまり期待はするなよー?』


『そっか。それじゃあどんどん新しいものを出品していく必要があるってわけだ』


『そういうことじゃ。ワシのカップラーメンのためにもゴールドはしっかり稼いどくれ』


『はいはい、がんばるよっと』


 カチャターンと宙に浮かぶキーボードに打ち込みが終わったところで、隣のクリシアが声を上げた。


「あっ、イズミがまた指をぴろぴろ動かしてる。それってなんなの?」


「ん? ああ、これは俺の魔法の訓練? みたいなもんだよ」


 これはヤクモに相談して決めたことだ。魔法の訓練というのは人によって多種多様であり、精神を集中させるために呪文を唱える者もいれば、スポーツ選手のルーティーンのように同じ動作を繰り返す者もいるらしい。なので、こう言えばほとんどの者は納得するとのことだった。


「へー、そうなんだ。イズミはずっと努力してるんだ、偉いね。私も魔法が使えるようにもっと努力しなくちゃ」


 またしてもクリシアの純粋な目が眩しい。すると慰めるように優しい声の親父さんがクリシアの頭をポンと撫でる。


「俺もヒールを覚えたのはお前が生まれた後だしな、焦ることはねえよ。それよりホラ、村が見えてきたぞ」


 その指差す方向には、丸太を並べた壁に囲まれた集落が見え始めていた。どうやらあれが目的地のレクタ村らしい。

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