41話 指圧スキル

『なにをしとるんじゃ、お前はー!』

「フニャニャニャニャ、ニャーン!」


 全身に衝撃が走って【指圧】を習得した直後、モニターにはメッセージが流れ、足元ではヤクモが俺の脚に爪をガリガリとひっかける。地味に痛い。


『まあまあ、とりあえず見ててくれよ、な?』


 そうタイピングすると、ヤクモはしぶしぶながら爪をひっこめた。隣の部屋で茶の用意をしていた爺さんが声を上げる。


「む? 従魔が鳴いとるが、どうしたんじゃ?」


「ああ、ちょっと尻尾を踏んづけちまっただけだよ。それより爺さん、実は俺も前に指圧を習ったことがあるんだ。よかったら俺の腕前をちょっと見てくれないか?」


 すると爺さんはピタリと茶の用意を止め、ゆっくりとこちらに顔を向ける。そしてその背中からは突然、まるで強者が纏うような独特のオーラが立ち昇り始めた……ような気がした。


「ほう……指圧をな? お前さんがどこで学んだかは知らんが、ワシは指圧に関して世辞は言えんし妥協もせん。厳しいことも言うと思うぞ? ……それでもいいなら向こうの部屋に行くがいい。ワシが直々に見てやろうではないか」


 爺さんは鋭い眼光を俺に向けると、大きな寝台が置かれている施術室の方へ顎をしゃくってみせた――



 ◇◇◇



「おほおおおおっ! これはっ! なるほどっ、なるほどっー! イズミッ! お前なかなかやるではないかーっ!」


 ベッドに横たわり俺から指圧を受けている爺さんが、ビクンビクンと体を震わせながら称賛の声を上げた。


 どこにどんなツボがあるのか、どれくらい力を入れればいいのか、それが手にとるように理解わかる。これが指圧スキルの力のようだ。


 爺さんに褒めてもらった俺は気分よく、さらにツボを押しまくる。おっ? この反応は……爺さんは胃腸が弱ってるみたいだな。それなら――このツボだっ!


「くううううう~! そこじゃああ! ワシの胃腸が弱っていることをよくぞ見抜いた! その技術、見識、まるで全盛期のワシのような腕前ではないかっ~~~!!」


「そうかい? それは光栄だね。そういうことならさ、ちょっと爺さんにお願いがあるんだけど……」


 俺は背中にあるツボをぐっと押しながら、爺さんに話しかけた。


「あふう、効っくううううう~! ……はあはあ、なんじゃ若き天才よ、とりあえず言ってみろっあああああああ~!」


「俺さ、教会の居候いそうろうだろ? でもタダ飯ばかり食らってるわけにもいかないからさ、教会に生活費を入れたいんだよね。でもこの村の働き口はまだ見つかってないんだよ」


「ふむ、二人の命の恩人と聞いておるが、謙虚なことじゃなあああああ~! そこ~!」


「それでさ爺さん、この診療所を俺に貸してくれないかな? もちろん間借りするんだから、爺さんにも儲けを分けるよ」


「はあ、はあ……。そうじゃのう……。ワシも指圧の診療所を廃業してからというもの、つまらん日々を過ごしておった。それからは余計にあちこち痛むわ、食欲も減ってくるわと老け込むのが早くなっとるようで、少し後悔しとったんじゃ」


「おっ? ってことは?」


「この診療所に人が集まり活気づくならワシもうれしい。そういうことならぜひ使ってくれい。お前の腕前なら文句はないし、ワシからもお願いしたいくらいじゃあああああああ! いいっ、そこがいい~!」


「ありがとう、爺さん!」


「礼には及ばんんんんふううううう!」


 やったぜ。これでスキルの件はなんとかなるだろう。俺は感謝の気持ちを込めて、さらに爺さんのツボを押しまくる。するとツクモガミのモニターが目の前に現れた。


『おい、イズミよ。ここの貨幣を集めてもツクモガミでは使えんって言ったじゃろ? いったい何を考えとるんじゃ?』


『マジか。まだわからないの、お前……』


『どういうことじゃ?』


 爺さんにもらった赤い果実で口の周りをべたべたにしながら、ヤクモが首を傾げた。



 ◇◇◇



 話がまとまり、その日は俺が診療所を掃除し、爺さんは診療所の再開を周囲に言い回ってくれた。


 夜には親父さんとクリシアに報告。実際の目的については言わず、金を稼ぎたいので指圧院でバイトをすると言った。


 二人とも俺が指圧ができることに関しては深く尋ねることはなかった。いろいろと察しがよくて助かる。


 しかし教会に生活費を入れることに関しては断られてしまった。目的のついでに金がついてきただけなので、せっかくだからもらってくれるとありがたいんだけどな。


 しかしまだ実際に働いてもないうちから金の話をするのもなんだし、この件についてはまた後日にでもしようと思う。



 そして翌日、俺は診療所の椅子に座り客が入ってくるのを待っている。


「ねえイズミ。本当に大丈夫?」


 まだ村に来て三日目の俺を心配に思ったようで、今日はクリシアが俺の働きっぷりを見学についてきた。


 そんなクリシアを見て、爺さん――サジマ爺さんが、ニタニタと笑いながら指をわきわきと動かした。


「クリシアよ。イズミの指圧技術はそりゃあすごいぞ。若かりし頃のワシに勝るとも劣らんわい。クリシアも後でやってもらったらどうかの? ついでに変なところを触られるかもしれんがな? ウヒヒ」


「もうっ、イズミをサジマさんと一緒にしないでください。イズミはサジマさんみたいに、お客さんにいたずらをして村長に一週間の営業停止を課せられたりしませんから!」


「あの時は客のドスケベボディにうっかり魔が差してしまっただけなんじゃ……。すぐに心を入れ替えて仕事に励んだいうのに、すっかりワシはスケベジジイという扱いになり、子も孫も家を出ていってしもうたからな……」


 突然遠い目で語りだすサジマ爺さん。おいおい、大丈夫なのかよ、この診療所。実は評判が最悪で客が一人も来ないとか、そんなことないよな?


 などと不安に思ってると、杖をついた婆さんが診療所の入り口をくぐってやってきた。


 記念すべきお客様第一号のご来店だ。そんな婆さんは開口一番、


「ほう……アンタがこないだ村に来たっていう男かい? 診療所が再開してくれることは嬉しいが、はたしてこの診療所常連だったアタシを満足させることはできるのかねえ……?」


 などと言い、いぶかしげな目つきで俺を見つめた。はいはい、負けフラグ乙っと。


「まあまあ、実際に施術を受けてから感想お願いします。それじゃあこのベッドに横になってくださいね~」


「フン、まずはお手並み拝見といこうじゃないか」


 素直にベッドに横たわる婆さん。そして――


「ああああああああああーー! そこーーーー!」


 ――婆さんの妙に艶がかった叫び声が診療所に響き渡ったのだった。

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