96話 魔法の覚え方
レクタ村が視界から見えなくなり、俺はなんとなくその場に座り込んだ。ちなみに牢屋の隅で横たわっているドルフは、なにもない一点を見つめたままピクリともしない。やべえな、この人。別れの余韻も台無しだよ。
俺がドルフから距離を取ろうと腰を浮かしかけたところ、ヤクモからメッセージが届く。
『イズミー、スキルの習得画面を見てみるがいい』
『ん? 最後に触れたのはクリシアだろ? クリシアのスキルは見たことあるよ』
『いいから見てみるのじゃ』
『はぁ。まあいいけど……』
俺は首を傾げながらもツクモガミでスキル習得画面をチェックする。すると【精神スキル】の欄が点滅していた。ここをタップしろってことだろう。ほい、ポチっとな。
《習得可能な精神スキル》
【ヒール】
「へえ……」
思わず声を漏らした。たしか以前クリシアを触れたとき、ヒールはリストにはなかった。
俺が習得可能スキルとして見れるものは、対象者が【これから習得の見込みのあるもの】【今習得しているもの】【以前習得していたもの】このいずれかであったはず。
『これってつまり、クリシアがヒールを使えるようになるかもしれないってことか?』
『うむ。おそらくまだ本人は気づいておらんし、まだヒールも使えはせぬ。今はようやくスキルが芽生え始めたところじゃろうな』
クリシアは親父さんが使えるヒールを自分が使えないことを少し気にしていた。そのクリシアがヒールを使えるようになるのなら、これはめでたいことだ。しかし、そこでふと疑問が出てきた。
『なあヤクモ。そもそも精神スキル……っていうか、魔法ってどうやって覚えるんだ?』
『それはな、【神に愛されること】【神を出し抜くこと】、このどちらかじゃ』
『はあ……。つまりどういうことだってばよ?』
『うんむ。【神に愛される】というのはその名の通り、神から寵愛を受け、魔法を授かることであーる。そして【神を出し抜く】というのは、人の身でありながら世の真理の端っこをなんとか掴み取り、その知識や経験を元に魔力を魔法に変換することなのじゃ』
『へえ……。それじゃあ今回のクリシアの場合はどっちになるんだ?』
『神の寵愛を受けたのじゃろうなあ。主神様に捧げていた日々の祈りが通じたのであろう。あの娘は
『そっかー。よかったなあ、クリシア』
『うむっ! ちなみにお前がツクモガミのソフトウェアキーボードで指をぴろぴろしてるのを魔法の訓練とごまかせるのは、【神を出し抜く】方の魔法の訓練と思われているからじゃよ。踊りや歌、印を組んだり紙に記したりと、様々な方法で魔法を発現させる者はおるのでな』
『まあそうなんだろうな。村では見かけなかったけど、これからはそういう人も見ることになるのかね?』
『かもしれぬな。ところでイズミよ』
『なんだ?』
『クリシアの持っている、いくつかの家事のスキルを今のうちに覚えておくといいぞい。これから先はクリシアがおらんのじゃからな』
『あーー……その通りだな。たしかにこれからの旅では家庭的なスキルは役に立ちそうだよなあ』
俺も前の世界で一人暮らしをやっていたとはいえ、スキルのあるなしがまったく違うのは料理スキルで体感している。偶然だがクリシアが握手してくれてよかった。
……いや、握手をねだった経緯からすると、ラウラのお陰ともいえるのか? 結局最後までラウラの謎行動の意味はわからなかったけど。
とにかく俺はクリシアの《習得可能な特殊スキル》をタップ。リストには【裁縫】【掃除】【洗濯】【祈り】と並んでいる。
『スキルポイントは余ってるけど、【祈り】も覚えたほうがいいのか?』
朝に祈ればその日のLUK値とやらが+1されるだけスキルとかで、以前は大したことないし、覚えないほうがいいと忠告された。スキルポイントも少なかったし異論もなかったのだが、今はそれなりにスキルポイントは貯まっている。
『【悪心】のスキルのときにも言ったと思うが、スキルによっては自らの精神に影響を与えるスキルもなくはない。不要なスキルはあまり取らんほうがええと思うぞい』
『そうか。んじゃとりあえず取らないでおくわ』
毎日お祈りするのは面倒だし、毎日祈った結果、神様最優先みたいな思考に
俺は【祈り】を除く、【裁縫】【掃除】【洗濯】をポチポチポチっと習得した。15☆が3つで合計45☆を消費――するとピコンとメッセージが表示された。
《スキルコンボ発生》
《クリーンを習得可能になりました》
クリーンとな。俺はさっそくスキル欄に表示された【クリーン】を押してみる。
《衣服や物についた汚れを払うスキルじゃ。これからの野宿にピッタリじゃのう! スキルポイント150を使用します。よろしいですか? YES/NO》
150☆は結構高いが、スキルポイントはまだ626☆もある。もちろんYESだ。
ポチった瞬間にやってきた、身体の中に異質な力が入り込む感覚に耐えて軽く息を吐く。
スキルを習得すると使い方がふわっと理解るようになるのだが、これは確かに便利な魔法だ。
さっそく【クリーン】を使ってみることにしよう。
実はさっきから近くで横たわっているドルフの方から、たまにぷわ~んと異臭が漂ってきているんだよな。吹きさらしで移動中の牢屋の中でも臭うって、コレ相当ヤバいだろ……。
俺はなんだか湿っているように見えるドルフの股間に向かって、【クリーン】を唱えた。
俺の手から放たれた青白い光が、ドルフの股間のあたりをふんわりと包む。
そして光が消え去った後には、変色していたズボンが元通りになった。これで完了ってことか……?
少しだけドルフの方に鼻を向けてクンカクンカとしてみる。……うん、異臭が消えたっぽい。すごいなクリーン。そしてありがとうクリシア……!
こうしてやや快適になった牢屋に満足していると、俺の背中に声がかけられた。
「そろそろ別れを惜しむのもいいんじゃないか? こっちに来て俺たちとお話をしようぜ」
ナッシュが顔をこちらに向けながら指をくいくいと動かす。どうやら今まで気をつかってくれていたらしい。俺は返事をすると御者台の近くに場所を移した。
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