95話 また会いましょう
明日旅立つことが決まったその日の夜。俺はツクモガミで料理を出してパーッとやろうとしたのだが、クリシアに止められてしまった。
しかし代わりに彼女が腕によりをかけた料理を作ってくれるというので、それをありがたくいただく。
俺のいた世界の料理と比べると落ちてしまうかもしれないけれど、それでもクリシアの料理はうまい。食べてホッとするような安心感を覚える料理だ。
クリシア、親父さん、ついでにヤクモと一緒にいつもより豪華な食事を食べながら、今日までの思い出話に花が咲いた。
俺との別れを惜しんでくれるクリシアは少し元気がなかったが、必ず会いに行くからと約束をしたら笑顔を見せてくれた。
やっぱりクリシアはかわいいし、とてもいい子だ。そんな彼女にあの日、手を出さなかったのは今でも正解だったと思う。
一夜限りの関係だったとしても、小心者ゆえに変な責任を感じる俺は、クリシアを放って村から出るなんてことは少なくとも今のタイミングではできなかっただろう。
仮にそうなっていれば、俺はいずれ前の世界のことを忘れてこの村でのんびり暮らしていたのだろうか。それとも結局忘れられず、村を出たのだろうか。
そんないまさら考えたって仕方のないことを思い浮かべながら、その夜は眠りについた。
◇◇◇
早朝の鐘が鳴り、村の門の前へと向かう。門前でしばらく待っていると牢屋付きの馬車がやってきた。
御者台にはナッシュ、アレサ、ルーニーが座り、牢屋の中にはドルフがうつろな瞳で涎を垂らしながら、縄で腰に結ばれた鉄柵に寄りかかっている。うわぁ、俺こんなのと同室になるのか。なるべく目を合わさないでおこ……。
「ぶははっ! お前この中に入って旅をするのか。別れの時だってのに笑わせるんじゃねえよ!」
見送りに来てくれた親父さんが俺の背中をバシバシ叩きながら豪快に笑った。今、門前には親父さんの他にもクリシア、キース、ラウラが来てくれている。
「これは餞別だ、受け取ってくれ。イズミ、我が友よ。また会おう」
キースは俺に矢のたんまりと入った矢筒を手渡してくれた。俺もキースに教わって矢の自作は一応できるようになったけど、キースが作る物ほど出来は良くはないのでとても助かる。
「イズミさん……」
ラウラが俯きながら俺に近づいてきた。普段からおとなしい彼女だが、今朝はいつも以上に元気がないように見える。ラウラとはあまり仲良くなれなかったと思うが、それでも寂しいと感じてくれているのなら少し嬉しい。
「イズミさん、最後にもう一回……」
スッとラウラが俺に片手を差し出す。はて、たしか握手の風習はないと聞いてるし、何がもう一回なのかわからないけれど、別れの握手っていうのは悪くないな。俺は両手でラウラのすらりと細い手をぎゅっと握った。
「!! ……ふしゅううううぅ~……はふっ」
すると突然ラウラは顔を茹でダコのように真っ赤にして、膝から崩れ落ちてしまった。え? なに? どういうこと?
慌ててキースがラウラに駆け寄る。
「おっ、おいイズミ! ラウラになにをやった!?」
「い……いや、手を差し出されたから握っただけだけど……」
「に、兄さん、心配しないで。私が望んだことだから……」
ラウラがキースのズボンを引っ張って動きを制すると、キースがしゃがみ込んでラウラに声をかける。
「うぐっ、よくわからんが、お前が言うならそれでいい……。ほら、立てるか?」
「立てるよ……。うへへ……満足……」
キースに肩を貸してもらい立ち上がるラウラ。いつものクールな表情が、今はとろけるように緩んでいる。そんなラウラを見てキースは顔を引きつらせながら、俺からラウラを引き離していった。
最後の最後になって、ラウラがよくわからないヤツになってしまった。なんだったんだ今の……。
そして最後にクリシアが俺の前にやってきた。クリシアは頬を膨らませて手を差し出す。
「ラウラだけずるい。私の手も握って」
「ずるいってなんだよ。別に構わないけど」
握手の風習はなかったんじゃないのか? 俺はクリシアの手を握る。弓を握っているだけあってところどころ硬かったラウラの手に比べると、クリシアの手は柔らかく、ほわっと温かい。
「お別れだね。でもまた来てくれるんだよね?」
手を握られたクリシアが俺に笑いかける。
「もちろん。約束しただろ?」
「向こうに行っても元気でね」
「ああ、クリシアもな」
俺はそれだけ言うと、手を離して牢屋に乗り込む。別れの言葉は昨日のうちにたくさん言ったし、もう十分だ。
牢屋の中に入ると、御者席のナッシュがニヤニヤしながら俺に小声で話しかけてきた。
「別れの抱擁はしなくていいのかい? 色男」
「別にそんなんじゃないっすから」
「そうか? ……まあいい。それじゃあ行くとしますか」
ナッシュは手綱を動かし、馬車が動き始める。
「イズミ、またね!」
クリシアが門の前で手を大きく振った。
「ああ、またな!」
俺はそれに手を振り返して応じる。馬車が平原を行き、どんどんクリシアの姿が小さくなっていく。だが俺たちはお互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
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