94話 冒険者ギルドの方からやってきました。
診療所にて施術中、お客さんから村に冒険者ギルド職員がやってきたという噂話を聞き、俺とヤクモは急いでドルフが拘置されている座敷牢へと向かった。
座敷牢のある建物は他の住居とは少し離れた場所にぽつんと建っており、石造りで倉庫のような外観。
散歩がてらに村をうろつき初めて座敷牢を見た時には、こんなのどかな村にもこういう建物が必要なんだなあと思ったものだ。今その建物の傍らには馬車が横付けされている。
馬車は親父さんの乗っていたような馬車とは違い、吹きさらしの鉄の檻が乗っかっている物だった。だれがどう見ても牢屋である。この牢屋の中にドルフを入れて、町まで連行するのだろう。
ヤクモと二人で少し離れた場所から座敷牢を眺めていると、三人の男女が会話をしながら中から出てきた。
一人はルーニー、今日も眼鏡とパイスラをバッチリ決めている。ちなみにこないだ会ったときには例の眼鏡拭き液を使用した眼鏡を自慢されたが、もちろん素人目にはなにも変わらない。
もう一人は革鎧を着た男だ。護衛の冒険者だろうか。金色の短髪でさわやかな印象だ。
そして最後の一人はビシッとしたグレーの制服を着こなした女性。この人がおそらくギルド職員なのだろう。初見の二人もルーニーと同じく歳は二十代中頃といったところか。
見知らぬ二人を観察していると、狐のヤクモがちょんと俺の足を触った。
『おい、イズミ。ルーニーがお前に手を振ってるぞい』
見ればルーニーが俺に向かってブンブンと手を振っている。俺とヤクモは駆け足で建物まで向かった。
「ドルフを倒して私を救ってくれたのはこの青年だよ。さっきも言ったとおり、ライデルの町に行きたいそうでね。我々に同行させてはもらえないだろうか?」
俺たちがやってくると、ルーニーが俺たちの紹介をしているところだった。ルーニーの言葉に女性は頬に手をあて、眉をひそめる。
「このコがそうなの? なんだかぼんやりしてて、あなたを守るほど強そうには見えないわね……」
「はは、同感だな。だがこういうヤツこそ、鋭い爪を隠し持っているものなんだぜ?」
男の方が俺を見てさわやかに白い歯を見せた。なんともイケメンである。おっと、自己紹介せねば。
「俺はイズミって言います。この狐は従魔のヤクモです。あの、ルーニーさんから聞いたと思いますが、ライデルの町に行くのに同伴させてもらえるとありがたいのですが……」
「俺は冒険者のナッシュ。お前さんみたいに村人が町に同行したいってのはよくあることだし、俺個人としては構わないとは思うんだが……俺はただの護衛だからな。責任者のこちらの職員さん次第になる。すまんが彼女に聞いてみてくれ」
ナッシュは申し訳なさそうに頭をかくと女性に顔を向けた。
「私は冒険者ギルド職員のアレサです。私としても友人のルーニーを助けてくれたあなたには便宜を図りたいところなのですけど……」
へえ、ルーニーの友達なのか。そんなアレサはちらっと馬車を見上げた。
「これは犯罪者護送用の馬車で、御者台には詰めても三人までしか乗れないの。だからもしあなたが乗るとしたら――」
アレサは申し訳なさそうに無骨な鉄の檻を見つめる。
「ここに入ってもらうことになるのだけれど……」
マジかよ。収監されながらの移動? それは結構キツい気がするぞ……。だがルーニーがバシバシと俺の肩を叩く。
「大丈夫だよ、イズミくぅん! ドルフは私の薬の影響でずっと夢うつつな状態でね。万が一にも君にちょっかいをかけることはないよ。むしろ狭い御者台より快適じゃないのかい?」
だったら代わってくれよと言いたくなったのをグッと飲み込み、気になったことを尋ねてみる。
「ルーニーさん、アイツに薬を飲ませてるんですか?」
「ああ、ここに捕らわれた当初は結構暴れたらしくてね。村人に頼まれて、食事に少しずつ私特製の鎮静薬を混ぜてみたんだ! これで多少は落ち着くかなと思ったんだが……どうやら薬が効きすぎたみたいでね。今となっては寝てるのか起きてるのかもよくわからないような状態になってるよ! まあ死んではいないからセーフだよね、アッハハ!」
胸を張って空笑いするルーニー。その額からは冷や汗が垂れているんだが、その薬、本当に大丈夫なのかよ。この世界って犯罪者に人権とかなさそうだし、とやかくは言わないけど。
それはさておき……。俺は馬車に備え付けられている牢屋をじっと眺めた。
牢屋の端から端までは二メートルほどある。鉄柵にドルフを繋いでもらえれば大丈夫かな……。気分的には最悪だけど、一人で町に向かうことを考えたら、まだマシだよな?
俺はアレサにぺこりと頭を下げる。
「わかりました。それでもいいのでお願いします」
「えっ、本当にいいの? ……そういうことならわかったわ。よろしくね、イズミ君」
「そんなに心配するなよ。ドルフを倒したんだろ? 大丈夫だよ、ハハッ」
にこりと笑みを浮かべるアレサと、相変わらずさわやかに笑うナッシュ。
「決まったようでなによりだよ! 我々は明日の朝には出発するぞ! イズミ君も準備を済ませておきたまえ! 私もこれから部屋の大掃除をしないといけなくてね、お先に失礼するよ!」
そう言ってルーニーは駆け足で去っていった。部屋中ゴミだらけで、民泊オーナーのおばさんがキレまくってたもんな……。
走った直後にべちゃりとコケたルーニーの後ろ姿を眺めながら、俺は大きく息を吐く。
それはルーニーに呆れたため息なのか、それともついに村を出る日が決まったことへの寂しさが漏れだしたものなのか、どちらなのかは自分にもわからなかった。
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