188話 キュア+1
YESを押した瞬間、ノーマルなスキルを習得した時と同じような、少しビリッとした衝撃が身体に届く。
反射的にその後の激痛に備えたものの――激痛は来なかった。どうやら技能の神はまともに仕事をしてくれたようだ。
『ど、どうじゃ!? イズミ』
ヤクモの問いかけに俺は大きく息を吐き、知らず流れていた汗を拭った。
『……ああ、どうやらスキルを覚えることができたみたいだ』
すでに自分の中にキュア+1のスキルが存在していることは確信をもって理解できた。
『ぐぬぬ、相変わらず仕事ができるヤツなのじゃ……』
ヤクモはどこか悔しそうに口を尖らせる。やはり何か確執はありそうだが、まあ放っておこう。
それにしても無痛レベルアップは良いものだな。余った神力で後一回無痛レベルアップができるらしいけど、取得スキルの中からなにを選ぶか夢が広がる――ってそんなこと考えてる場合じゃなかったわ。
「よし、やれます。もう一度キュアしますね」
「おっ、おう……任せたよ」
まだ俺に引いているのか、言葉少なに頷くコーネリアを横目に、俺は再びナッシュが横たわるベッドに近づいた。
そしてさっきと同じように手をかざし、キュアの威力を高めるように強く念じる。
「――キュア」
俺の身体からさっきのキュアよりも膨大な魔力が引き出されたのを感じた。それは再び光の粒子となり、ナッシュの身体に向かっていった。
光はきらきらと輝きながらナッシュの身体全体に纏わりつき、そしてスウッと中に入っていく。その時、今度こそ何か良くないものが消えていく手応えがあった。
じっとナッシュの様子を窺う。苦しげに荒い息を繰り返していたナッシュの呼吸は少しずつ穏やかなものに変わっていき、やがて安らかに寝息を立て始めた。
「イ、イズミ……これって……?」
コーネリアが目を見開きながらナッシュの顔を指差す。
「キュア、成功したみたいです」
「おおっ! ありがとなイズミ!」
満面の笑みを浮かべたコーネリアは、俺にガバっと抱きついた。
俺より背が高いコーネリアの胸が俺の顔の辺りでむにゅっとつぶれる。革鎧越しなのが惜しいけど、これはこれで良いものだ……。
「あははははっ! 大した男だよ、あんたは!」
俺がされるがままにその感触を楽しんでいると、上機嫌なコーネリアは俺を持ち上げ、さらに力を込めて抱きしめる……というか締め上げた。途端に肋骨の辺りがミシミシときしみ始め――
「あいたたたたた!」
「おっと! すまないね、ちょっと力を入れすぎちまったよ」
悲鳴を聞いたコーネリアが慌てて俺を地面に下ろし、申し訳無さそうに頭をかく。さすがは女戦士、危うくこの世界に来て一番の大怪我をするところだったわ。ラッキースケベだと思って油断したぜ。
俺は密かに肋骨にヒールをあてながら、コーネリアに話しかける。
「ええと、とりあえず毒は抜けたと思います。後は……そうですね、スタミナポーションでも飲ませてみます? ちょうど持ってますんで」
「イズミ、あんたそんな物まで持ってるのかい?」
目を丸くしながらコーネリアが尋ねた。
「え? なんかおかしいですか?」
「いや……おかしいことはないけどさ。スタミナポーションなんてひとつ10万Rはするじゃないか。まだ新人だって聞いてたからね、ちょっとビックリしたのさ」
マジか。ルーニーがグビグビ飲んでたし、安いもんだと思ってたんだが……。
ああ、そういえばルーニーって意外に金持ちだったよな。タダでくれるというからスタミナポーションをホイホイと貰ってきたけど、やっぱり後日また菓子でも包んで礼に行ったほうがいいのかもしれない。
「まっ、毒が抜けたのなら寝てりゃそのうち回復するだろ。それならスタミナポーションなんて使うのなんてもったいないし、寝かしておけばいいさ」
コーネリアはナッシュを見ながら苦笑を漏らす。まあ、パーティメンバーがそういうならそれでいいか。タダで貰ったもんだし惜しくはないけど、あまり押し付けがましいのもアレだしな。
ただ、ナッシュの傷のほうはヒールで回復させておいた。ヒールもキュアも使えるのかいとコーネリアはそれはそれは驚いていたよ。
さてと、これで当初の目的は達成したわけだが――
「コーネリアさんはこれからどうするんですか?」
「んーそうだねえ……。今からギニルのヤツを追っかけても追いつかないだろうし、あたしはナッシュが目を覚ますまでここにいようかと思うよ。イズミ、あんたはどうするんだい?」
「そうですね……俺はせっかくだから湿地帯に行ってきます」
「ああ、ソードフロッグの依頼を受けてきたって言ってたね」
「はい」
できればバジリスクも……って思ってるけど、まあ言う必要もないだろう。
「なあイズミ……それならさ、今から湿地帯に出向いても遅くなっちまうし、明日にしときな? 明日ならあたしが案内してやるよ」
おっ、現地に詳しい人の案内は助かるね。
「そういうことなら、明日の案内をお願いしていいですか?」
「おうよ、任された!」
コーネリアがニカっと笑い、親指をグッと立てたのだった。
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