187話 欲しい物

『欲しいもの? それはもちろん君の持ってるマンガだよ、マンガ。あのドラゴンなんとかっていうヤツの全巻と引き換えでいいよ』


『ちょっ……! 俺にマンガの二度読みをさせてたの、あんただったのかよ!』


 俺は思わず声を荒げて言い放つ……念話だけど。あの時は随分長い間読まされてさすがに飽きてくるし、教会の椅子が硬くて尻が痛くなるしで、大変だったんだよな。


『ヤクモには、続きは今度教会にきた時まで待てって言われたんだけどさ、ボクとしてはもう待ってられないんだよ~』


『っていうか、マンガに興味あるんですか? ヤクモなんかはまったく興味はなかったけど』


 たしかヤクモは人の妄想話に興味はない、それより仕事を寄越せって言ってたな。


『神も趣向はそれぞれさ。ボクはね、マンガという君のいた世界の文化をすごく気に入っちゃった。わかりやすくて迫力のある絵に独創的な設定がついて、物語にぐんとのめり込んじゃうんだよね~。残念なことにこの世界はまだそこまで文化が発展していないからさ、ボクからすると新鮮な驚きでいっぱいなんだ~』


 この世界にはマンガがないらしい。しかもこの神サマが読んだのは、世界に誇る日本の超傑作だし、それならハマるのもわからないでもない……のか?


『それにね、昨日は「もうちっとだけ続くんじゃ」ってところまで読んだじゃない? あの物語があと少しで終わるだなんて、なんだか寂しくなっちゃってさ……。ぜひボクの手元に置いて何度も読み返したいって思ったんだよ』


 そこからまだまだ続くんだがな……。まあネタバレはやめておいてあげよう。そんな俺の内心には気づかず、技能の神はさらに念話を続ける。


『ま、そういうわけで全巻をボクに捧げてさえくれれば、キュアの痛みはボクの神力で緩和してあげようと思うんだけど、どうかな?』


 俺としてもまだ読みかけなんだが……。まあかつては何度も読んだ名作だし、なによりお漏らしするよりはマシか。


『あー、わかりました。そういうことならよろしくお願いします。それで、どうやってマンガを渡せばいいんすか?』


『ストレージにゴミ箱フォルダあったでしょ? その隣に祭壇アイコンを作っといたから、そこに入れてくれればいいよ』


 モニターを見ると、たしかに要らない包装紙や空き缶なんかを捨てているゴミ箱アイコンの隣に、教会で見かけたことのある祭壇をデフォルメしたようなアイコンがあった。


『ぬあっ、いつの間に!』


 ヤクモが驚きの声を上げる。どうやらこれもヤクモに気づかれずに作ったらしい。


『すこーしずつ、セキュリティホールからコツコツと作ったんだよ? おかげで今日は徹夜だよ。……それにしても、君にしては気を抜きすぎだね、ヤクモ?』


『ぐぬぬ……』


『まっ、ボクはその変化も好ましいと思うけどね。ささ、早くマンガをそこに置いておくれよ~』


 俺は言われたとおり、ストレージにある完全版ドラゴン◯ールの全巻セットを、祭壇アイコンにドラッグしてポンと置いた。


 するとゴミ箱に消えるのと同じように、全巻セットが祭壇アイコンに吸い込まれていく。


『おっ、きたきた~。たしかにいただいたよ~。それじゃさっそく読んでくるね! バイバイ!』


『ちょっ! 約束約束!』


『ああ、ごめんごめん、ついうっかり! ……ほいほいほーいっと。これで大丈夫だよ』


 技能の神がなにやら呟くと、突然俺の身体がぽうっと白い光に包まれた。これが神力ってやつなのか?


『よし、大丈夫そうだね。それじゃボクはもう戻るから。あっ、今のそれ、サービスでちょっと多めに神力を込めておいたからさ、二回は無痛でレベルアップができると思うよ。それじゃーねー』


『えっ? コレって、これからずっと痛くないってわけじゃ……?』


『んー、ボクだって一応は他にも仕事があるから、君につきっきりというわけにはいかないんだよ。まあとにかく話はまた今度ね! それじゃ~』


 その言葉を最後に、ふっと技能の神の気配が消えた気がした。さっさと俺らの事を忘れて、今頃はもうマンガを読んでいるような気がする。


『なあヤクモ。技能の神サマの神力、本当に信じて大丈夫なのか?』


『まあ……仕事は早くて正確なヤツじゃからな。おそらくは問題ないじゃろ。ぐぎぎ……』


 なんだか悔しそうにヤクモが答える。なんとなく天才肌っぽいタイプに感じたから、努力根性社畜タイプのヤクモとはあんまり気が合わないのかもしれない。


『ところでさ、この念話とかいうやつ。なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ』


 これを知っていれば色々とラクできたんだけどな。


『そ、それはその……。まさかお前が使えるとは思わなかったんじゃ……。すまんのじゃ……』


 ぺたんと耳を折ってしょんぼりと頭を下げるヤクモ。まあヤクモは融通が効かないっていうか、仕様書通りの使い方しかしないマニュアル型だもんな。それにいまさら文句を言ってもしかたない。


『まあ指を動かすクセのお陰で、コーネリアの拳骨は免れたようなものだし気にするなよ。それよりキュア+1を覚えるとするか』


『うむっ!』


 気を取り直して俺は顔を上げると――一歩どころか三歩ほど後ずさりながら、顔をこわばらせて俺を見つめているコーネリアと住人女性に気づいた。


 ああ、そうか。さっきまでいきなり神サマ出現の急展開でいろいろと必死だったけど、その様子をずっと見られてたんだよなあ。


「な、なあ、イズミ。さっきから表情を変えたりあたふたしたり、その……大丈夫なのかい?」


「えーと、お気になさらず。今のは儀式みたいなものですんで。お陰で床を転がってもがき苦しむ必要はなくなったみたいですし」


 この空気はさっさと流して、やることをやってしまおう。俺は再びツクモガミのモニターに目を向ける。


【キュア+1】

《スキルポイント550を使用します。よろしいですか? YES/NO》


 多少の緊張をはらみながらも、俺は力強く人差し指でYESボタンを押し込んだ。

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