51話 魔物

 突進してきたホーンラビット。しかしすでに弓を構えていたキースは、ホーンラビットに向かって素早く矢を放つ。


 ヒュッと短い風切り音と鳴らし真っ直ぐ飛んでいった矢は、ホーンラビットの肩の辺りに命中した。


 しかしホーンラビットは体をふらつかせたものの、すぐさま体勢を立て直し、再び小さな角をこちらに向けて突っ込んできた。


 だがキースはそれにひるまず、さらに二射、三射とホーンラビットに撃ち込んでいく。


 おお、すごい早撃ちだ。それに俺と違い【夜目】はないはずなのに、よく当てられるもんだよ。熟練の狩人が持つ当て勘というヤツなのかもしれない。


 三本の矢が刺さったホーンラビットはようやく動きを止め、その場にどさりと体を横たえた。それを見たキースは軽く息を吐いて声を上げる。


「よし、移動するぞ」


 すぐさま踵を返し、キースは森の中を進みだした。俺はキースに歩調を合わせながら、気になったことを聞いてみる。


「なあ、いまのが魔物なんだろ? すごい鮮やかな手付きで倒したけど、そんなお前らがなんでこんなに弱ってるんだ?」


「一匹だけならあんなもんだ。今のは群れからはぐれたホーンラビットなのだろう。……だが俺たちは森で獲物が探している最中、ホーンラビットの縄張りに入ってしまったのだ」


「縄張りだって?」


「ああ。もともとホーンラビットの縄張りは森の奥にあったのだが、俺たちがヤツらの群れに遭遇したのは森の中頃だ。どうやら徐々に森の浅い所まで縄張りを広げてきているらしい。最近、森の収獲が減ってきていたのは、その辺りに原因があるのだろう……」


 そう思案顔で呟き、キースは言葉を続ける。


「とにかくだ、群れの追跡を撒きながら、なんとかここまで逃げてきたということだ。しかしまだ安心はできん」


 キースは会話を切り、足を速めた。



 しかしそれからほんのわずかに進んだ辺りで、俺の【聴覚強化】は再びホーンラビットの存在を捉えた。しかもこれは――


「マズい。また来たぞ。……今度は複数だ」


「なんだと……!」


「兄さん、私にもわかる。これは……囲まれてるかもしれない……」


 やはりラウラも聴覚感知ができるらしい。俺たちの言葉にキースは顔をこわばらせ、矢筒から矢を取り出して、口を開く。


「イズミ、ラウラを連れて逃げてくれ。俺がおとりになろう」


「まてまて、まだ諦めるな。俺だって弓を使えるんだからな。ラウラももう体は大丈夫なんだろ?」


「もちろん。三人で、絶対に生き残る」


 ラウラはこくりと頷き、弓を肩から外した。


『イズミ、がんばるのじゃぞ! ワシは邪魔にならんように避難しとるからのー』


 そんなメッセージが流れると、ヤクモはリズム良くタタンと俺の体に駆け上がり、肩に着地するとすぐさま首に巻き付いてきた。


 まるで狐の襟巻きみたいだ。なんとなく手で触ってみると『腹を触るのはやめい!』と怒られてしまった。


 まあ足元でうろうろされるよりはいいだろうが……いろいろ言いたい気持ちを飲み込んで、俺も弓をしっかり握りこむと、三人でお互いの背中を預けるように立ち、魔物の襲撃に備える。


 ――場面が場面だけに強がってみせたけど、正直なところ不安しかない。覚悟はしてきたものの、いきなりの魔物との実戦だもんな。俺の矢、しっかり当たってくれよ……!


 そう願いながら、俺は前から飛び出してくるであろう魔物に向かって弓を構えた。

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