52話 初めての実戦

 俺たちが足を止めて弓を構えると、ついに周囲を取り巻くホーンラビットが飛びかかってきた。


 俺目掛けて襲いかかるホーンラビット。かわいらしい顔つきだと思っていたが、こうして実際に狙われてみるとまた印象も変わる。真っ赤でギラついた瞳に獰猛な口元、なにより俺に突き刺そうとしている鋭い角――かわいい成分の欠片もない。


 その迫力に思わずビビってしまいそうになるが、首元の暑苦しいのが作り出したツクモガミとスキルを信じるしかないんだよな。


 俺は矢をつがえると、まるで熟練狩人のキースのように自然な動作で矢を放つ。これこそがスキルの効果だ。


 放たれた矢はホーンラビットの角の真下、眉間にトンと軽い音を立てて刺さると、顔をのけぞらせた魔物はゴロゴロと転がっていきピクリとも動かなくなった。


 倒せた……のか? 緊張からか心臓の音が少しうるさい。しかし深呼吸をする暇もなく、次のホーンラビットが襲いかかってきた。今度は二匹同時かよ!


 俺は矢筒から矢を二本掴んで狙いを定めると、まずは一匹の眉間にぶち当てる。


 そして腕を止めることなくもう一度弓を引き、残った一匹に矢を放った。首元に矢が突き刺さったホーンラビットは、突進の勢いを無くして前のめりに倒れる。


「……よしっ」


 見よう見まねだったが、さすがキースからもらったスキルだけあって、同じことができるようだ。すごいぞ【弓術】スキル。


「やるではないか、イズミ」


「イズミさん、本当に初めて? 弓……」


 その声に顔を向けると、キースが嬉しそうに、ラウラが信じられないものを見るように俺を見つめていた。二人もそれぞれ向かってきたヤツらを撃退したようで、近くには数本の矢が刺さったホーンラビットが倒れていた。


 俺のように一撃でないのは、疲れからか、もしくは俺には【夜目】【聴覚強化】といった、場面に合致したスキルが揃っている影響なのか……。どちらかはわからないが、とりあえず俺が戦力になってることは間違いない。


「だがイズミ、油断はするなよ? 異様に統率の取れた集団だ。この戦いは厳しいものになるぞ」


「ああ、わかった」


 俺には貰い物の技術はあっても、狩人としての知識も経験もない。キースの言葉を素直に受け止め、俺は気を抜くことなく再び前を見据えた。



 ――それからどれくらい時間が経っただろうか。いい加減残りの矢の数が気になってきた頃、いよいよ俺たちとホーンラビットの攻防の均衡が――こちらの優勢に傾き始めた。俺の受け持っていた辺りの魔物が完全にいなくなったのだ。


「キース、ラウラ、ここから包囲が抜けられそうだぞ!」


「よくやったイズミ! いくぞラウラ」


「う、うん……」


 さすがに病み上がりで歳下のラウラは、もう体力の限界といった様子だ。キースもラウラを庇って何度か魔物の攻撃を許し、体のところどころが赤く染まっている。


 まだ無傷で体力に余裕のある俺が殿しんがりとなり追ってくるホーンラビットを撃退しながら、キースを先頭に脱出経路を進んでいく。


「うおっと」


 なにかにつまずいた。その足元には、俺が倒したホーンラビットの屍がごろりと転がっていた。追手を気にするあまり足元がお留守になっていたらしい。


 よくよく見ると、俺が切り開いた退路には倒したホーンラビットの屍があちらこちらに点在している。


 前の世界で動物を殺したことなんて、もちろん一度もない俺だ。魔物とはいえ、これが自分のやったことなのか――と軽く血の気が引いたそんな時、突然モニターからメッセージが流れた。


『イズミー! お前が倒した獲物はお前のモノじゃっ! とりあえず足で触れつつストレージにいれておけい! うっひょー! ゴールド祭りじゃーい!』


 おおっと、そうだ。ドン引きしている場合じゃない。これまで必死に矢を撃つばかりで気が回ってなかったが、魔物の回収も重要な案件だ。さすがにあちこち拾いに回るわけには行かないが、進路上にあるものは拾っていかねば。


 ……なんだか一瞬気落ちしそうになったところを、ヤクモのアホなテンションで引き戻されたような気がするけど、まあ偶然だろうな。


 俺はポンと狐の襟巻きを叩いて了解を示すと、進路に転がるホーンラビットに足で触れながら、ストレージへと収納していった。


「なっ!? 収納魔法……?」

「初めて見た……」


 キース兄妹がなにやら呟いているが、さすがに言葉を返す余裕はない。俺は飛びかかるホーンラビットを撃退しながら、足元に転がっている戦果をひたすら回収していった。

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