212話 不審者

 サイドワインダーとフロートを覚えた俺は、テントに戻ってくるなり中に引きこもってマンガを読むことにした。


 最近はずっと働き詰めだったからな。湿地帯を案内してくれるコーネリアも帰ったことだし、そろそろ休んだっていいだろう。


 もちろん仕事中毒ヤクモはいい顔をしなかったが、カップラーメンひとつであっさり買収されてくれた。チョロいヤツである。



 ◇◇◇



 そして翌日。昨日は一日中テントの中で漫画を読んだり、人目につかない場所でこっそりと風呂に入ったりと、かなりリラックスすることができた。


 気持ちも新たに元気に狩りにいこうとテントを片付けていると、遠巻きに俺を見る住民たちの姿が視界の端に映った。どうやら漁に出かける前の男たちのようだ。


 ここは集落の中でも端の端の僻地。わざわざ俺の様子を見に来たようだが……。


 俺は気づいていない振りをしながら、住民たちのヒソヒソ話に【聴覚強化】で耳を傾ける。


「うわ、本当にまだ居てやがる」

「そもそもあいつ、何者なんだ?」

「昨日までいた立派な冒険者たちの仲間らしいけど」

「一人残されたってことは、別に仲間じゃないんじゃないか?」

「……まさかこの集落に居着くつもりじゃないだろうな?」

「おいおい、カンベンしてくれよ……。余計なことをしでかす前に出ていってもらいたいもんだぜ……」


 うーむ。どうやら俺はすっかり不審者扱いらしい。正直なところ、その気持ちは……とてもわかる!


 少し前にやってきて辺りをふらふらうろついてる男が、集落の隅にテントを張って居座ってるんだ。そりゃあ住民に警戒されるのも当然だろう。納得の不審者である。これはそろそろこの場をお暇したほうがいいのかもしれない。


 よし、今日からは集落の外にテントを立てることにしよう。ぶっちゃけ集落の中も外もテント泊ならあまり関係ないんだよな。柵の中よりは魔物が寄り付きやすいかもしれないけれど、俺には警戒結界があるので問題ないだろう。


 そうと決まれば行動だ。俺はテントを片付けると、集落の住民で唯一まともな接点のあるナッシュたちがお世話になっていた家の奥さんに挨拶に行き、今日でここを離れると伝えた。


 ちなみにこの人は、なんでしたらウチに泊まってくれてもいいんですよと言ってくれた。丁重にお断りしたけれど、その優しさが心にしみたよ。



 ◇◇◇



 ということで、集落を出た俺は湿地帯へと向かうため、ストレージから久々にママチャリを取り出した。ここでもまたひとつ試したいことがあった。


「ううっ……。まーたこれで移動するのか。なーイズミ、もう急ぐ必要はないんじゃから、今回はゆっくりゆっくーりで頼むぞい?」


 前カゴに乗ったヤクモが不安げに口を開く。この前はヤクモの乗り物酔いが酷かったからなあ。だが、これからはそんな心配はしないで済むかもしれない。


「フロート」


 ママチャリにまたがった俺は、ママチャリごと俺を三センチほど浮かせてみた。歩くことはできたんだし、自転車もイケるんじゃないか? というわけだ。


 そして俺はおそるおそるペダルを漕ぎ出した。すると――


「おおっ……!」


 まるで真っ平らな道を漕ぎ出したかのように、スイスイとママチャリが進んでいく。


 タイヤと地面がくっついてないのに、どうして進むのかは相変わらずさっぱりわからないが、魔法ってヤツはすごいなで納得しよう。


 とにかくこれならヤクモの乗り物酔いもママチャリのパンクも気にする必要はない。さらにはMP回復量上昇+1のお陰で、このくらいなら魔力の消費はまったく気にする必要もない。


「むむっ、まったくガタガタ揺れないのじゃ! うひょー! 風が気持ちいいのう!」


 振動がないお陰で特等席と化した前カゴから首を出し、気持ちよさそうに風を浴びるヤクモ。


「よーし、今日はジャンジャン狩るぞー!」


「うむっ、その意気じゃ!」


 こうして俺とヤクモはウキウキ気分でシグナ湿地帯へと向かったのだった。

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