71話 カップ焼きそば

 俺はさっきから手に持っていたカップ焼きそばの包装を取り外す。ちなみに種類は空飛ぶ円盤の形をしたアレだ。期間限定品で普通の物よりも味の濃いソースが付いている物らしい。


 熱湯を入れてしばらく待ち、湯を鍋の中に捨ててから容器に入っていたソースとかき混ぜる。その瞬間に美味そうな、そして懐かしい匂いが辺り一面に漂い始めた。期間限定品とはいえ、匂いはほとんど変わらないらしい。


 俺は容器の中に割り箸をつっこみ、念願の一口目を口に入れ――ようとしたところで、その視線に気がついた。ヤクモがじいっと俺を、いや、カップ焼きそばを見つめている。


「な、なーイズミ、そのカップ茹でそば……もとい、カップ焼きそば……。めちゃくちゃ美味そうな匂いがするんじゃが……」


「これは俺のもんだ。やらないぞ」


 俺はスイッとカップ焼きそばをヤクモから遠ざける。そしてソースで真っ黒になった麺を一気に頬張った。


 ……うまい! このどろりとしたソースの濃厚な味と匂い、なんとも言えん。ぜひともコレをおかずに白米を食べたくなってくる。今度白米を買ってみようかな。


 そんなことを思いながら久々の焼きそばを堪能している間も、ヤクモの視線はカップ焼きそばに注がれていた。まさにガン見である。


 一口食わせろと言われれば、やらなくもないのだが、ヤクモは涎を垂らしながら鼻をひくひくさせるだけだ。アレってせめて匂いだけでも堪能しようということなのか?


 俺がメシを食っているのを涎を垂らしながら見つめる狐娘……。……これって外から見たら、俺が悪者に見えるんじゃね?


 しゃーないな。俺は割り箸に目一杯の焼きそばを巻きつけてヤクモに差し出す。


「ほら。……前にカップラーメンの汁を全部飲んじまったからな」


「い、いいのか?」


「おう、一口だけな」


「恩に着るのじゃ! はぐっ!」


 ヤクモは魚が釣り針に食らいつくように、割り箸ごと焼きそばを一気に頬張る。そして叫んだ。


「ほわああああああ! な、なんじゃこれ! ラーメンとはまた違う、破壊的なほどに濃厚な味が口の中を暴れまわっておる! なんじゃこれはっ……!」


「ふふん、どうだ。焼きそばも捨てたもんじゃないだろ?」


 もぐもぐと口を動かしながら、ヤクモが顎に手を添える。


「ううむ……ワシの美味かった料理ランキング一位の座はカップラーメンなのは譲れんが、これなら暫定二位の位置にやってもよいぞ!」


「というかお前、まだラーメンと焼きそばと菓子パンくらいしか食ったことないだろ」


「むむっ!? お前のおった世界にはまだまだいろんな料理があるとでもいうのか!?」


「おう、あるぞ。まあツクモガミで手に入る物となると、だいぶ限られてはくるけどな」


 ツクモガミは前の世界のフリマサイトを踏襲しているからなのか、食品に関してはむしろ弱い部類に思える。生肉生魚みたいなナマモノは無いみたいだし。


 調味料なら売られているので、自炊をすればさらに料理の幅は広がるだろうが、俺は料理はあまり得意じゃないんだよな。


 ……そういえばクリシアが【料理】スキルを持っていたな、それを使えば……。いやいや、今はまだインスタント食品で十分だ。


「まあ、とにかく。茹でたり焼いたりするだけで、美味いものなんてまだまだあるぞ」


「ほほー! それは楽しみじゃのう! ワシもしっかり労働するゆえ、これからもいろいろと食わせてくれい!」


「おう、いいぞ。それに俺もこの食生活を維持するためにも、どんどん稼がないとなー」


「うむ!」


 ヤクモは満足げに頷くと、休めていた手を動かして再びダンボール箱を漁り始めた。やっぱまだ食うのかよ。


 とにかく、明後日からのキースの狩りへの同行でノウハウを身に付けないとな。そして魔物を狩りまくり、ゴールドを稼いでまずは食生活の安定を目指すのだ。


 やはり元世界のメシはこっちのメシに比べると美味い。クリシアが頑張ってくれているので不味いことはないんだが、どうしても薄味になりがちで、濃いめの味付けに慣れ親しんだ俺には物足りないんだよな。


 まずは食生活を安定させる。そしたら次はツクモガミで道具類なんかも揃えていこう。欲しい物はいくらでもあるのだ。


 俺は今後の目標を胸に、ソースのたっぷり絡んだ麺を口いっぱいに頬張った。

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