81話 ど根性
大岩に木の枝を二本立て掛け、俺とルーニーは森の中へと入っていく。ちなみに俺たち以外の目印は何も置いてなかった。キース兄妹も今日は休みと聞いているしな。
ルーニーが言うには、森の浅い部分はドルフと一緒に入ったときに薬草を探し終えたそうだ。それなら好都合と、俺は魔物が棲息しているであろう奥地に向けて、さっさと足を進めることにした。
◇◇◇
以前ドルフと一戦交えた辺りも通り過ぎ、さらにしばらく歩くと、うるさいほどだった鳥や虫の鳴き声もボリュームが下がり、森全体が少しひんやりとした感覚を伴うようになってきた。
これはそろそろ魔物の棲息地域に入ってきたということだ。俺は【聴覚強化】で耳の感覚をさらに鋭敏に研ぎ澄ます――
――最初に耳に入ってきたのは、ゼーハーゼーハーと苦しそうな呼吸音。
これはもちろん魔物……ではなく、後ろから付いてきているルーニーのものだ。俺が後ろを振り返ると、汗だくのルーニーはいつの間にか拾ったらしい木の枝を杖にして、必死の形相でこちらに向かって歩いていた。
そして何かにつまずき、顔面からべしゃりとコケた。ルーニーは泥まみれの顔を上げてすぐさま起き上がるが、その足はプルプルと震えている。
『なあ、ヤクモ。俺はルーニーさんを連れてきたことを今、猛烈に後悔している』
『そうか? ワシはこのなんとしてでも仕事をやり遂げようという根性がちょっと気に入り始めとるぞい』
ヤクモが感心したようにルーニーをまじまじと見つめた。仕事に根性論を持ち出すあたり、相変わらずヤクモはブラックに染まってやがるな。まあそれはさておき、俺はルーニーに声をかけた。
「あの、ルーニーさん、大丈夫ですか?」
「ゼエゼエ……森の中を歩くというのは、思いの外に疲れるものだな……ゥオエッ」
「ええ、まあそうですね……」
それについては同意したい。初めて森に入ってホーンラビットの大群と戦った翌日なんかは、さすがに筋肉痛もあったもんだ。
ヒールで治そうかと思ったが、筋肉痛を治していいものなのかよくわからなかったので放置しているうちに、森歩きには慣れていったけど。
「す、少しだけ待ってくれるかい?」
そう言ってルーニーは魔道鞄を漁る。そして鞄から水色の液体の入った瓶を取り出すと、蓋を開けてゴキュゴキュと飲み干す。うつろだったルーニーの瞳がくわっと開いた。
「くはー、効くう! よし、行くぞ!」
さっきまでの疲れはどこへやら、ルーニーはずんずんと歩き始めて俺に並ぶと、俺の肩をぐいぐいと押し出す。
「ほら、遠慮せずにどんどん進んでくれたまえ!」
「ええと、それより気になるんですけど、さっきの瓶ってなんなんですか? もしかして……」
疲れや悩みが吹き飛ぶヤツじゃねーだろうな……。俺の
「むうっ、アレとは違うぞ! 今のはスタミナポーションだよ。もしかして、見るの初めてかい?」
「はい、なにぶん田舎者なもんで……。今のもルーニーさんが作ったんですか?」
「そうだとも! アレさえあれば体力が無くなってもなんとかなるのだ! そもそも私が薬師の道を志したのも、自分のあまりにヘボい体力と運動音痴を克服するためでね! スタミナポーションのお陰で体力の方はなんとかなったのだが、運動音痴の方は未だ継続中だよ! ハッハッハ!」
なぜか高笑いするルーニー。普通に運動して体力不足なり運動音痴を克服しなよと思ったりもしたが、俺は俺でスキルで楽してるので口にはしなかった。
……それよりも、急いで護衛依頼を承諾したのでまだ決まってなかった報酬の内容はこれで決まったぞ。ズバリ、スタミナポーションのレシピだ。ヒールじゃ傷は回復するが疲れは取れないからな。
薬師スキルは持っているし、材料さえわかれば俺にだって作れるだろうと思う。
そういうことで、俺はさっそくルーニーに交渉した。
秘伝のレシピだったりするとマズいかなと思ったんだが、どうやら薬師向けの指南書のようなものに普通に書かれているレシピらしく、すんなり教えてもらえることになった。
ルーニーには、調合方法がわかっていても技術がないと作れないので、おそらく無駄になるだろうがそれでもいいのか? と念を押されたけどな。それについてはスキルでなんとかなるだろう。
報酬のレシピは村に戻ってから紙に書いてくれることになった。
こうして、ぐだぐだで始まった護衛もようやく報酬が決まり、俺はさっきまでより少しだけルーニーに気を配るようにゆっくりと森の中を歩くことにした。
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