80話 お薬
ルーニーは布製の小袋を取り出すと、縛っていた紐をほどいて中身を俺に見せた。袋を開けた瞬間にどっかで嗅いだことのあるような匂いが漂う。
【薬師】スキルがあるお陰なのか、すぐに中身にピンときたが、一応聞いてみる。
「なんすか、これ?」
「ふっふ、これは煙草だよ~。知っているぞ、君くらいの年頃はこういうものに興味があるんだろ? 若い頃に吸いすぎるのはあまりよくないと言われているが、これは私が配合した特別製でね、なるべく毒性を弱めて作ってある。どうかスパスパと吸って格好をつけてくれたまえ。どうだい、いいものだろう? これで手を打ってくれないか?」
「うーん、煙草は別に興味はないかな」
煙草は前の世界で少しだけ吸っていたこともあったが、世間でいろいろ肩身が狭くなってきたこともあり、吸うのを止めたんだよな。せっかくだからこっちの世界でも禁煙記録を伸ばしていきたい。
俺があっさり断ると、むうっと唸ったルーニーは再び鞄をあさり始める。
「じゃあこれはどうだ?」
次に取り出したのはピンク色で親指くらいの大きさの樹脂の塊。
「これは香として
マジかよ。これは興味がなくもないが……こんなので相手を落としたところで次からどうするんだと思わなくもないし、なにより意中の相手なんて別にいないしな。
「特に好きな人はいないので」
「え? そうなのかい? 君は思っていたより寂しい人生を送っているのだな。まあ、かくいう私も人のことは言えないがね。……しかし……ふむ、そうだな、それならやっぱりアレしかないか。アレは戦場で兵士なんかに使われたりするのだけど、吸引すれば疲れも悩みもすべて吹っ飛ぶ――」
「ストップストップ! もういいです!」
これ以上はいけない。俺は取り出そうにしていたルーニーの手をがっしり掴んで魔道袋に戻させた。ルーニーは不服そうに口をへの字にする。
「むうう、いいのかい? たしかに乱用するのはよくないが用法用量をしっかり守れば……」
「ダメダメ! とにかく俺は薬には興味ないから! それじゃあもういいですね? さようなら!」
もう付き合ってられん。俺は再びルーニーの横を抜けて坂を下ろうと――
「うわああああん! お願いだ、私を見捨てないでくれええ! もう君しかいないんだ! うおーん! うおおおーん!」
ついに策を使い果たしたルーニーは、俺にしがみついて泣き始めた。最後は泣き落としかよ! 肘におっぱいがあたってちょっとだけ気持ちが揺らいだけど、根性で耐えきってやる!
「ちょっと! 離してくださいよ!」
「いーやーだー! もう私と君は一心同体だ! 首を縦に振るまでは絶対に離れないぞ!」
くっそ、どうしたものか。頭を抱えながら、どうやって説得すればいいのか考えていると、俺の【遠目】が坂をこちらに向かって登ってくる人影を捉えた。
あれは……門番のおっさんだ。この先には教会しかないが、教会に用事があるのだろうか。一歩一歩確実に坂を登ってきている。
……まずいな。こんなところをあのおっさんに見られたら、何を吹聴されるかわかったもんじゃないぞ。
俺はちらりと足元のヤクモを見た。ヤクモもやれやれというように首をすくめてみせる。はぁ、しゃーないか……。
「……わかりました。その代わり、俺の狩りが最優先。俺の通る道沿いだけで薬草を探してくださいね。それでいいなら勝手についてきてください。約束を破って離れたら置いていきますから」
魔物は近づかれる前に弓で倒すつもりだし、ルーニーが俺から離れないのであれば、きっと大丈夫だろう。
「わっ、わかった。もちろんだとも! 恩に着る!」
ルーニーは笑顔で答え、ようやく俺から離れてくれた。肘からおっぱいの感触がなくなったのが少しさみしいが、門番のおっさんにはどうやら気づかれずに済んだようだ。
こうして俺はルーニーを連れて森に行くことになった。
ちなみにすれ違いざまに聞いたところによると、門番のおっさんは教会へお祈りに来たらしい。俺とルーニーはがら空きの門を通り、森へと向かった。
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