82話 ラグールの実
俺たちは既にいつ魔物が現れてもおかしくない領域に踏み込んでいる。【聴覚強化】で周囲の音を聞きながら、ゆっくりと森の中を進んでいるのだが――
そんな俺を尻目に、ルーニーはこれ幸いとばかりに地面に這いつくばって草をむしっていた。
「おお、なんとこんなところに……!」「これはいいものだ……」などと独り言をつぶやいては、どんどん魔法鞄に草を詰めている。いや、別に独り言くらいなら【聴覚強化】に影響ないんですけどね?
とはいえ緊張感は台無しなわけだ。そんな状況に軽く息を吐いたところ――ついに魔物の気配を音で感じた。
『ヤクモ、とりあえずルーニーさんを見ててくれるか?』
『うむっ! 任せるのじゃっ!』
仕事が与えられて嬉しそうなヤクモのメッセージを読み流しつつ、ルーニーにもそこから動くなと手で合図を送ると、俺はなるべく音を立てないように草むらに足を踏み入れた。
丈の長い草に紛れながら音で感じた方向を覗き見る。ここより少し高いなだらかな丘の頂上には、一匹のホーンラビットが佇んでいた。群れを作る魔物だとキースから聞いてはいるが、常に集団行動ということはない。これはおそらく日光浴中だ。
ホーンラビットはその額にある角を日の光に当ててリラックスする習性があるそうだ。襲われたときは恐ろしいものだったが、のんびりとしている今の姿は少しかわいくもある。
とはいえもちろん、こんな隙だらけの獲物を見逃すわけないんだけどな。俺は弓を引いて狙いをつけると、気持ちよさそうに薄っすらと目を閉じているホーンラビットに向けて矢を放つ。
矢はあっさりとホーンラビットの胸に突き刺さり、一撃を食らったホーンラビットは、声を発することなく丘から滑り落ちた。
そしてホーンラビットは坂をこちらに向かって転がりながら落ちていき、俺の足元で動きを止めた。そこまで計算したわけではなかったけれど、ラッキーだったな。
俺はすぐに鞄をあてがいながらストレージの中に収納。即座に出品。
【ホーンラビット 1匹 取引完了→3000G】
買い取り値は以前狩ったときと変化なしだ。こいつの肉もホーンラビットリーダーほどではないが美味しいらしいし、今日は全部は売らずにクリシアや親父さんのお土産に少し持って帰ろうかな。
そんな皮算用を浮かべながら、俺はヤクモとルーニーのいる場所へと戻った。ヤクモはひと仕事を終えた顔で胸を張り、その横では一部始終を見ていたらしいルーニーが口を開いた。
「見事なものだ。てっきりこの前と同じように木の棒で殴りかかるんだと思っていたのだが、弓も普通にうまいのだね」
「魔物相手に殴りかかるなんて、勘弁してほしいところですからね」
「むう、ドルフに食らわせた棒術はとても素晴らしかったし、君なら難なく魔物でも撲殺しそうだが……。それから君の
「あの日はキースにいろいろと教えてもらう立場でしたから。なんでも楽をすればいいってもんじゃないそうで」
「ほほう。いいこと言うねえ、キース君は。私も冒険者ギルドに依頼すれば楽に薬草を入手できるわけだが、今回こうして採取に出かけてよかったと思っているよ」
そう言ってルーニーは視線を下に向けると、再び周辺の草をつまみ始めた。
「この辺は魔物がいるせいか、薬草が人に採られていなくて採り放題だ。目当てのものは未だ見つからないが、それでもひと財産にはなりそうだねえ!」
ウキウキと楽しそうにルーニーは語り、カサカサと地面を舐めるように這い回る。その動きはなんだかGから始まる虫のようだ。
キモいルーニーから視線を外し、俺は自分の周辺の木々を眺めた。
【薬師】スキルのお陰で、俺にも薬になりそうな草や実がなんとなくわかるようになっているが、ルーニーが言うようにこの辺りには価値のある草や実が豊富にあるようだ。せっかくだし、俺もツクモガミ出品用に採集してみようかな。
俺はルーニーが採集作業に没頭している間に、目の前の木から伸びている、小指の爪ほどの小さい実が沿うようにいくつも実った小枝をポキリと折った。
【ラグールの実 十個 取引完了→2550G】
出品してみると、小粒のような実のくせに結構な値段だ。しかし目の前の小枝を折って、さらに出品をしていくと――
【ラグールの実 十個 取引完了→1700G】
【ラグールの実 九個 取引完了→1150G】
一個あたりの値段がどんどん下がっていく。その先にあるのは取引停止だろう。自然から採れる素材はすぐに取引停止になってしまう。やっぱり魔物を狩るしかないんだなあ……。
「ほう、もしかして君も薬になる植物がわかるのかい?」
その声に足元を見ると、這いつくばったままのルーニーが眼鏡を指でクイッとしながら俺を見上げていた。
「はい、キースにはいろいろと教えてもらってるので」
ということにしておこう。
「むうっ、なるほどな。薬草に関しては薬師の方が詳しいと思っていたが、地元の人間の方が詳しいことだってあることを失念していたよ。……それならもしかして、君なら私が探し求めている薬草のありかを知っているのじゃないか?」
「ああ、そういえば何も聞いてませんでしたね」
名前も形もなにも知らない。まあ俺にあるのは【薬師】スキルのぼんやりとした知識だけなので、どのみち役には立たないだろうけど。
「私が探しているのはパピルナ草だ。どうだ、心当たりはあるかい?」
ん? どっかで聞いたことある名前だな?
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