83話 パピルナ草

 はて、なんだったかな……。俺が首を傾げていると、ヤクモからメッセージが届いた。


『パピルナ草っていえば、お前がこっちに転移した初日に素っ裸で駆けずり回って集めていた、あの草じゃろ?』


 あー! そうだ、思い出した! あのとき俺のズタボロの心と命を救ってくれたいい匂いがする草だ!


 俺はパピルナ草を鞄から出すように見せかけながらストレージから取り出し、ルーニーの目の前に差し出す。一見ただの草にしか見えないが、すぐにあの懐かしいいい匂いが漂ってきた。


「もしかして、これですか?」


 ルーニーは目を見開きながら起き上がると、俺の手をがっしり握り間近でパピルナ草を見つめる。


「おっ、おおっ! これだ! これだよイズミくぅん! これは一体どの辺に生えていたんだい!?」


「ええと、この森じゃなくて、別の森で採ったんですけど……」


「えっ!? この森じゃ……ない……?」


「はい」


「その森はレクタ村からだいぶ離れているのかな?」


「歩きで半日くらいだったかな……」


 そう答えると、ルーニーは頭を抱えてしゃがみ込み、ブツブツと独り言を漏らし始めた。


「……目撃情報ではレクタ村の近くの森と……だが最寄りの森とは言ってなかった……いや、しかしここに生えている可能性だってないことはない……だが、これまで見つかっていないことを考えれば……ううむ、うむむむ……」


 しばらくそのまま待っていると、顔を上げたルーニーが俺をチラっと見つめる。


「なあ、イズミ君。近いうちにその森に行く用事なんかは――」


「ありませんよ」


 俺の即答に、ルーニーはむうっと口唇を尖らせ再び尋ねる。


「本当に?」


「はい」


 実際に用事はないし、なるべくならあそこには近づきたくもないしな。裸で草を探し回って、その後野盗に監禁された記憶なんて永遠に封印したい。


 ルーニーは護衛についていって欲しいんだろうが、俺としては護衛は今回限りにして魔物狩りに専念したいのだ。


 ヤクモと会話するのだって、人目を避けてわざわざツクモガミ越しにするのは面倒だ。最近はなるべく手元を動かさないように高速片手タイピングができるようになってきたものの、口で話すのが手っ取り早いのは言うまでもない。


「それじゃあ、そのパピルナ草、譲ってはもらえないだろうか……?」


 ルーニーは立ち上がると、手をもじもじとさせながら言いにくそうに眉を下げた。当然こうなるよな。


 うーむ、パピルナ草はツクモガミの仕様をまだ知らないこともあって、売れなくなった後も大量にかき集めてしまったからまさに捨てるほどある。


 とはいえ、あのつらかった森で、この草は俺を助けてくれたお守りみたいな物だからだろうか、タダでくれてやるのはなんとなくはばかられた。俺は顎に手を添えながら、ルーニーに問いかける。


「見返りになにを支払ってくれます?」


「見返りか……。君はお金はいらないんだったね?」


「ええ」


「しかも、煙草も媚薬もいらないんだよねえ……。うーん、じゃあ何を差し出せばいいのかなあ……! 他にいい薬あったっけ……」


 別に薬物じゃなくてもいいんだけどな……。


 そんな俺の思いをよそに、目の前にエサをチラつかされているせいか、落ち着かないようにそわそわと体を揺らしながら思案するルーニー。


 その動きに合わせて微妙におっぱいが揺れるのをなんとなしに眺めながら、俺はルーニーの提案を待った。

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