233話 グルタタ

 グルタタは切れ長の目をさらに細め、小窓の鉄格子越しに俺に話しかけてきた。


「どうだ人族よ。我々のカンゲイはお気に召してもらえたかな?」


「いやあ、まさか川岸で倒れていた姫様を助けて村まで送ってやったってのに、こんな丁重な歓迎をされるとは夢にも思わなかったですよ、あはは」


 フフン、いやみったらしく答えてやったぜ。そんな俺を見てグルタタも鼻で笑う。


「フッ、姫様からも聞いたぞ。向こう岸の湿地帯で倒れているところを助けられ、美しい靴とこれまで食べたことのない美味い料理を献上されたと。そして自由に動き回れる寝台で眠って、空を飛ぶ絨毯で大河を渡り――その途中で貴様がレッサーガビアルを一撃でほふったとな。これに違いはないか?」


「まあそんな感じですね」


 だいたい合ってると思う。どこかぼんやりとした感じのあるララルナにしては、よく伝えることができたんじゃないか? 


 ――などと思ったのもつかの間、やはりというかなんというか、グルタタは呆れたように大きなため息をついた。


「はあ……人族よ。そのような話、誰が信じると思うのだ?」


「いやいや本当に――」


 俺の言葉を遮り、グルタタがさらに続ける。


「我らの姫様はまだ幼く純粋でいらっしゃる。未だに誕生日に枕元に置かれる族長からの祝いの品を、森の精霊からの贈り物だと本気で信じておられるくらいなのだ。どうせ貴様は姫様が素直なのを良いことに、好き勝手にほざいて言いくるめておるのであろう? さすがにその手が我ら大人にも通じるとは思わぬことだな。人族とはなんとも愚か、なんとも不憫なものよ……」


 ララルナは未だにサンタを信じている、みたいな話なのだろうか。俺を見つめるグルタダの顔は、呆れを通り越して憐れみすら感じているように思える。


 とにかくグルタタは俺の話を聞く耳は持たないようだ。俺は早くも弁明を諦め、せめてヤクモが満足する情報を収集することにした。


「それで……リザードマンが畑を襲撃したとか言ってましたけど、アレはどうなったんです?」


「我らの力と姫様の魔法があれば撃退などたやすい。あっという間に追い払ってやったわ」


「そうですか、それはよかった。この手の襲撃ってよくあるんですか?」


「もう何十年も小競り合いが続いておる。奴らはとにかく数が多く、我らの力をもってしても未だ根絶やしにはできぬ状況だ……」


 眉間にシワを寄せ、指で揉みながら答えるグルタタ。なんだかすごく疲れているようだが……彼はさらに愚痴を垂れ流すように口を開く。


「しかもリザードマンの産卵の時期である今頃には、より多くの食料を求めて我らへの攻勢が強まるからな。この時期は我らの食料も乏しくなり、いかんともしがたいことだ」


 どうやら今がその産卵シーズン真っ只中らしい。俺はヤクモに念話を送る。


『屋台がなかったり、ララルナが腹を減らして魚釣りに行ったのはこの辺が原因なのかね?』


『ふむ、そうかもしれんのう。ワシがかつてここにエルフの村を確認したときはリザードマンの群れなんてなかったと思うのじゃが……その後にやってきたようじゃの』


『それっていつ頃の話だ?』


『百年くらい前かの?』


『情報古すぎだろ。気にしてるのなら、もっと細かく見てやればいいのに』


『そもそもワシの専門は物品に関することじゃし、ここだけを気にするわけにもいかんのじゃい。神とはそういうもんじゃ。じゃけどなー、こうして実際に見て知ってしまうとなー。やはり気になるもんじゃからなー……』


 まあそういうのはわからんでもない。やたら人間臭いと思うけどな。……などとヤクモと話していると、いつの間にかグルタタが訝しげに俺を覗き込んでいた。


「なんだ、貴様……。リザードマンに興味があるのか?」


「ええ、まあ、それなりに?」


「貴様……もしやリザードマンと呼応して、我らの村を陥れるつもりだったのではないだろうな? その第一の策として姫様の誘拐を図ったと……ふむ、なるほど……そういうことか。これですべて繫がったな……」


 顎に手をあて、ぶつぶつと呟くグルタタ。いやいやいや。


「いやいや、なんも繫がってないから! そもそも俺が村を陥れてどうすんのさ!?」


「黙れっ! リザードマンの卵は美味であり、人族の間では高値で売買されていると聞いたことがある。悪知恵だけは働く人族のことだ、なにやらうまい具合に共闘の盟約を結んだのであろう? ヤツらと意思疎通ができたことには驚くが、貴様はエルフ言葉が話せる程に語学に通じているようだからな。リザードマンと言葉が通じあえてもおかしくはないだろう」


 謎はすべて解けた! みたいなドヤ顔でグルタタが語った。なんか微妙に繫がってるっぽくてイヤだな! これはさすがに弁明せねばと口を開きかけたところ、グルタタが苦悩するように眉をひそめながら髪の毛をかきあげた。


「クッ……、湿地を走り泥まみれではあったが、たしかに我らの物ではない姫様の靴と、それにモブググからも伝え聞いた美味い食事。このふたつだけは信じてやってもいいと思っていた。ゆえに人族といえど身ぐるみを剥いで追い出すだけにしてやるつもりであったのだが……。許せ、人族よ……こうなってはやはり極刑しかあるまい……!」


「ええと、いちおう聞きますけど、極刑ってどんなことを……?」


「身ぐるみを剥いだ上、両手足を縛り、目を塞がれた上で大河へと流して神に審判を下していただくのだ」


「それってもう審判もなにも、完全に死刑じゃん?」


「死刑ではない。我らが死を与えるのではないからな。お前に罪がないのであれば、きっと神が助けてくれるであろう? もし死ぬようなら神がお前に罰を与えたということだ」


「ええ……。とにかく俺はリザードマンと共謀したりとかしてませんから」


「おお、なんと愚かで強情な人族よ。だがこの反論の隙もない推論は族長会議でそのまま通ることになるだろう。貴様はせめて刑の執行が決まるまで、罪を後悔しながら過ごすがいい。姫様には貴様はお礼の品を渡したらさっさと帰ったと伝えておこう」


 そうしてグルタタは俺が何度声をかけても振り向くことなく帰っていった。


「はあ……疲れた」


 絨毯の上にべったりと座り込んだ俺は疲労をたっぷり溜め込んだ息を吐き出し、首元のヤクモを床に下ろす。


「なあ、ヤクモ。もう関わるのやめて帰ろうぜー?」


「そうじゃなあ。ここまで頭が固いと手助けすることもできんしなあ……」


 最初は極刑のつもりはなかったみたいだし、偏見はあっても俺が思っていたほど悪いヤツではなかったが、絶望的に頭が固くて思い込みが激しかったよなグルタタ。こんなんもうどうしようもないわ。


「逃げるとしたら深夜だな。向こうの方が森に詳しいだろうが、【夜目】があるし、闇夜にまぎれながら行けばなんとかなるだろ」


「うむ、わかったのじゃ。イズミ、苦労をかけてすまんのう」


「それは言わない約束でしょ、おとっつあん」


「ワシはお前の父ではないのじゃが」


 ネタがわからず首を傾げるヤクモ。それはともかく撤退だ。ララルナが気がかりだったりヤクモのお願いがあってここまでは来たが、俺はもう十分頑張っただろう。


「はあ、今夜は夜ふかしすることになるし、今のうちに寝るかー」


 俺は警戒結界を起動させると、ややふてくされ気味に絨毯に寝転んだのだった。



 ◇◇◇



 そしてすっかり日が暮れた頃、目覚めた俺はヤクモと一緒にカップラーメンをすする。


 腹ごしらえが終わり、そろそろ脱走を決行しようかと鉄格子越しに辺りの様子を窺っていたところ――こちらに向かって歩く二人の人影を発見した。

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