234話 モブググ
人影の正体はララルナとモブググだった。ララルナは肩を落としてトボトボと、モブググはそんなララルナを気にかけるように何度も横目に見ながら歩いている。
そしてモブググが俺たちのいる牢屋を指差すと、ララルナは一目散にこちらに向かって走ってきた。そして牢屋にたどり着き鉄格子越しに俺の姿を認めると、ボロボロと涙を流しながら声を上げる。
「ひぐっひぐっ……イズミ、ごめんざだい、うぐっうぐっ……うお゛ーいおいおい! うお゛ーいおい! ゔあ゛ーーーーん!」
「えっ、ちょっ、何ごとっ!?」
中身はともかく見た目は成人女性のギャン泣きだ。とんでもないインパクトに言葉を詰まらせていると、慌てて駆け寄ってきたモブググがララルナをなだめる。
「ひっ、姫様、お声が大きい。お気を静めて……!」
「ひぐっ、うぐっ……。イズミィ、ごべんざだい……ひぐっひくっ」
モブググの声が届いたのか、口を食いしばり嗚咽を噛み殺すララルナ。俺はモブググに尋ねる。
「モブさん、これってどういうこと?」
「モブググだ。実はな――」
モブググの説明によると、ララルナはグルタタから俺の帰還を知らされたそうだ。
グルタタはララルナがまだ幼いのであっさり信じると思っていたようだが、ララルナはグルタタの言葉を簡単に信じはしなかった。
しかしララルナが何度も尋ねたところで、グルタタはもう帰ったと繰り返すばかり。
そこでララルナは日頃慕っている乳母の元を訪ね、この件を相談。味方になってくれた乳母は、その場にいた乳母の息子――モブググに事情を説明するように求めたのだそうだ。
最初は知らぬ存ぜぬを通していたモブググであったが、お姫様と母親、二人からかなり激しく問い詰められた結果、ついには俺がここに囚われていることを白状し、この牢屋にララルナを連れてきたわけだ。
「ねえモブさん。それってモブさんもヤバいんじゃないの?」
「モブグ――いや、もういい……。族長会議の結果、今回の件はグルタタ殿の言い分を族長は全面的にお認めになられたのだ。俺が姫様をここに連れてきたことが明らかになると、俺の身はもちろん危うい。……無論、真実が明らかになれば、また違ってくるだろうが……」
「真実が――って、モブさんは俺のことを信じてくれるの?」
「……姫様のことは歳の離れた乳兄妹として今まで見守ってきていた。その姫様がこれまで見たことないほどの剣幕で俺を責めるのだ。いくら愚かで野蛮な人族とはいえ、もしかすると――」
「ひっぐひっぐ、モブ……。イズミは愚かでも野蛮でもない……やざじぐでづよい……」
ララルナがモブググを涙目で睨む。するとモブググが慌てて言い直した。
「そっ、そうでしたね姫様! と、とにかくだな、俺も普段から聞いている人族の話とお前はどこか違うと思い始めたのだ。それに……お前がくれた食べ物は、たしかに美味かったからな。ゆえに俺はお前を信じることにする。すまなかったな……イズミよ」
真摯に俺を見つめ、頭を下げるモブググ。いやあ、そこまで態度を改められると逆にちょっと気恥ずかしいね。俺は照れを隠すように早口でまくしたてることにした。
「あー、ああ。信じてくれてありがとなモブさん。それでさ、俺はここから出してもらえるのか?」
「ああ、少し待て」
モブググは懐から鍵を取り出し解錠すると、重い石扉をゆっくりとスライドさせていく。そうして扉がようやく人ひとり分開いたところで、ララルナが牢屋の中に飛び込んできた。
「イズミ、ごべん、ごべんなざい……ひっぐひっぐ」
俺の胸に抱きついて顔をこすりつけるララルナ。モブググが目を吊り上げて俺を睨みつけるが、俺は満員電車で痴漢冤罪を防ぐリーマンの如く、両手を上にあげて無罪をアピール。
「いやまあ、エルフは人族嫌いなんだろ。それは知ってたから問題ないって。それにこのくらいの牢屋、そろそろ抜け出すつもりだったしさ。だから気にすんなよ」
「……ゆ、許してくれるの?」
顔を上げるララルナ。鼻水と涙でぐじゅぐじゅである。ついでに俺の服も同様に水分まみれだ。
「あー許す許す。それより顔をきれいにしないとな」
俺はストレージからタオルを取り出すと、ララルナの顔に押し付ける。そして子供にするみたいに顔をゴシゴシ拭いてやり一言。
「はい、ちーん」
「ずびびびびっ!」
ド派手な音が牢屋に響く。そうして最後は鼻を拭ってやって、これで終了。泣きはらした目以外は元通りの美人さんである、外見だけは。
『イズミ、お前……。一応姫様なんじゃから、もうちょいデリケートにやってやらんか。ほれ、あの男、今にもブチギレそうじゃぞ』
見ればモブググの額にはビキビキと青筋が浮いている。ララルナの手前、なんとか抑えてるといった具合だ。おお、こわ。気をつけよ……。
「と、とにかく今から牢屋を片付けるからちょっと待ってくれ」
俺はさっとララルナから離れると、牢屋の中の絨毯やらダンボールやらトイレをストレージの中に片付ける。
「イ、イズミお前。まさか収納魔法が使えるのか?」
どうやら怒りを忘れるほどのインパクトがあったらしい。掠れた声をモブググが漏らした。
そういやこのエルフ村で、魔法を使える者は少ないって話だったな。下に見ている人族なら、なおさら衝撃も大きいのだろう。
「ああ、まあね。それよりここで立ち話はよくないだろ? さっさとトンズラしようぜ」
「そっ、そうであった。とりあえずは俺の家に来い。この牢屋は堅牢ゆえ、普段から見張りはおらぬ。明日までは気づかれないはずだ。さっ、姫様も」
「ん」
ようやく調子を取り戻したらしく、短く一言発するララルナ。
そして俺とヤクモは二人の後に続き、月夜が照らすエルフ村の中を駆け抜けたのだった。
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