5話 草を売る。そしてパンを拾う。
俺は飛び跳ねるように体を起こすと、今売れたのと同じ草を探すことにした。ちなみにモニターは俺が体を動かせば、それに合わせて一緒に移動している。
「おっ」
すぐ近くに同じ草を発見した。俺は立つのももどかしく四つん這いになりながら近づき、再び草を引きちぎる。
今度は声に出さなくても売れてくれと思っただけで、手に持った草が消えた。
【パピルナ草 6グラム 取引完了→2500G】
あれ? 今度はさっきよりも量が多いのに値段が安いな。いや、理由は後で考えることにして、今はとにかく草を集めよう。
そうして俺はしばらくは草集めに奔走した。ちなみに他の草でも試してみたんだが、どうやら取引されるのはあのいい匂いのするパピルナ草とやらだけのようだ。
パピルナ草は出品するほどに買取値段はどんどん安くなり、最終的には【取引停止中】と表示され、念じようが声に出そうが手に持った草は消えなくなった。停止中ということは、しばらくすればまた売れるようになるのだろうか。
まあそれについては今はいい。俺はずっとついてきていた半透明のモニターを見据える。モニターの片隅には21020Gと表記されていた。俺が草を出品して得た資金である。
俺は
押してから、我に返った。仮に本当に購入できようが、ここじゃないどこかに宅配されるだけじゃね? 俺、今まで何をしていたんだろう――
ゴトッ!
突然目の前にダンボール箱が落ちてきた。ダンボール箱にはモニターで見たのと同じロゴでツクモガミと書かれている。
俺はその場にひざまずき、心臓をバクバクさせながらダンボール箱を開けると……中には箱が入っていた。
マトリョーシカかい! なんてことは言わない。これはさっき購入画面で見たパンギフトが入っていた茶色の高級そうな箱だからだ。
そっと茶色の箱を開けてみる。するとその中には、ひとつひとつ丁寧にビニールで梱包されたクロワッサンやベーグルが並んでいた。
「おお……」
感動に声を漏らしながら、俺は半ば引きちぎるように包装を開け、中に入っていたクロワッサンを口に頬張った。
「ふまい!」
うまい! 幾重にも折り重なったクロワッサンの生地と、ふんわりと漂うバターの香り。こんなにうまいクロワッサンは今まで食べたことがない。さすが贈答用の高級品なだけはある。
けれども一方でお高いだけで美味しく感じているのではないこともわかっていた。こんなわけのわからないところに素っ裸で放り出され、餓死もうっすらと頭をよぎったりもしていたのだ。
そんな中で奇妙な体験と共に手に入れることができた食料。俺は気がつくと、涙を流しながらひたすらパンを食べていたのだった。
◇◇◇
クロワッサンとベーグルを三つずつ食べたところでようやく腹の虫は収まり、不安定に揺れていた気持ちも落ち着いた。
よく考えたら水を腹いっぱい飲んでいたのに、よくもこんなに食べたもんだ。
茶色の箱には残り二個ずつパンが残っているのだが、これを持って移動するのはちょっと面倒だな。結構大きい箱なので両手がふさがってしまう。
草が急に消えたりダンボールが現れたりするくらいなんだし、そっちで預かってくれないものかなー。
なんてアホなことを思いながら途方に暮れていると、本当に手に持っていた箱がふっと消えた。おいィ?
モニターに目を向けると、【ストレージ】と書かれたボタンが点滅していた。そこをポチって画面を進めると、
《パンギフト 食べかけ》
と書かれている。もしかしてこれが、俺が手に持ってたヤツ?
指先でリストの《パンギフト 食べかけ》に触れる。すると再び目の前に箱に入ったパンギフトが落ちてきた。今度はダンボールには入っていない。
そしてそれを手に取り、再び預かってくれと念じる――とすぐに消えた。おいおいおい……。
……俺は今まで、この状況は変態に拉致されて肉体改造されたものだと思っていた。いや、思い込みたかった。
けれどVRだけならまだしも、物質が消えたり現れたりするのって、さすがに常識の範疇を越えている。
これは後輩の田口が熱心に読んでて、俺にもよく勧めてきたようなラノベでよくあるヤツだよな……。
よし、いい加減認めよう。どうやら俺は異世界転移したらしい。
――後書き――
ここまで読んでくださりありがとうございます!ようやく主人公が異世界転移を自覚しました。「この先を読みたい!」と思ってくださった方は、この機会に本作品のフォローや☆☆☆をポチっとしていただけるとすごく励みになります。感想も大歓迎です、よろしくお願いします!
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