6話 異世界転移

 無駄な抵抗を諦め、ここが異世界だと認めた俺がまず最初に行ったのは、【衣】のカテゴリからの服を購入だった。


 こちらは食べ物とは違い、着古し感にあふれる物が数多く出品されていた。


 その中から白いTシャツと五枚組ボクサーパンツ、ベージュのチノパン、六足セットの靴下とよくわからないブランドのスニーカーを購入。選択基準は主に値段の安さだ。パピルナ草が買い取られない現状で無駄遣いはできない。パンツだけは未使用品だけどな。


 どんどんと届いていくダンボールを開けながら、まずはパンツ、靴下と順番に穿いていき、最後にスニーカーに足を入れ――俺は空を見上げて腰に手を当てた。


 ……地面にどっしりと根付いたような頼もしい気分だ。これまでそこはかとなく感じていた心細さのようなものが消えたように思える。やっぱり服っていいものだな……!


 これで残高が14582G。買った物の中には出品者が1G単位の端数まで設定しているのがあり、こちらにも端数ができた。


 ちなみに出品者に再購入や値下げ交渉、お礼などいったメッセージを送れる機能がフリマアプリでありがちだが、ツクモガミでは相手と一切のコミュニケーションが取れない。


 会話ができれば助けを求めたりできると思ったんだが、それはかなわないようだ。しかしよく考えれば、異世界にいるので助けて! なんて言ったところでイタズラだと思われるのが関の山だよな。なんだよ異世界って。


 そもそもあちらの出品者と異世界にいるであろう俺との間で、どうやって取引できているのかもよくわからない。購入ボタンを押せば即決なのもフリマとしては違和感がある。


 他にもなぜ異世界転移したのか、なぜツクモガミなんてものが俺に備わっているのか、なぜ若返ったのか、わからないことはいくらでもあるんだけどな!


 しかし辛いことや悲しいこと、そしてよくわからないことは深く考えないに限る。俺はそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくつもりだ。いつかわかるときが来るかも知れないし、今は細かいことを考えるのは止めようと思う。


 だが商品を購入したことで、ひとつ新たに判明したこともある。


 最初にパンを買ったときには気づかなかったんだが、なにかを購入すると☆がもらえるのだ。


 ☆とは何だと聞かれても、☆だとしか言えない。購入ボタンを押すと商品が届く。すると、画面端の所持金欄のさらに下に表示された☆欄の数字が増えるのである。


 最初に気づいたときにはすでに20☆があり、800GのTシャツを買うと8☆増えて28☆となった。最初に買ったパンが2000Gなので、おそらく100G=1☆なんだろうと想像がついた。


 そのあとのパンツもチノパンも同じように☆が貰えたので、どうやら確定だなと思ったところで想定外の物が現れた。


 六足300円の激安靴下だ。これは☆がひとつも増えなかった。そしてノーブランドのスニーカー。これも☆が増えなかった。


 だがその原因はすぐに判明した。


 靴下のほとんどには穴が空いており、スニーカーの方は靴底がめっちゃすり減っていたのだ。どちらも商品紹介の写真では見えないようにうまく隠していたらしい。悪質な出品者にあたったようだ。


 それを踏まえての俺の予想だが、粗悪品をつかむと☆が増えない。これはたぶん合っていると思う。


 なぜなら、フリマアプリではいい商品を送ってくれたり、入金が早ければ加点評価され、詐欺スレスレの商品を送ったり、入金が遅ければ減点される。


 そうやって出品者購入者の評価を数値化することで、その人物が信用に足るのかどうかの判断材料とするシステムがあったはずだ。詳しくはないがそれくらいは聞いたことがある。


 つまり☆とは、優良な出品者購入者に取引相手から与えられる「いいね!」に近いシステムなのかもしれない。


 良い物を買えば☆が貰え、粗悪品を掴むと☆は増えない。さらには俺が出品しても☆は増えないみたいだ。とりあえずこういうものだと思っておこう。


 とはいえ、そもそもこの☆はなんなのか。☆の増え方の考察はできたものの、肝心の使い方がまだわからないんだよな。


 なお、俺の今の手持ちの56☆。100Gに満たない端数も切り捨てられているようだ。


 さて、こうしてわけのわからん物をいじっているのはそれなりに楽しいけれど、いつまでもいじくりまわしているわけにもいかない。できれば日が暮れる前に人里に出たいのだ。


 目が覚めてからずっとギャーギャーうるさい獣の鳴き声も、ここが異世界だと思うとこれまで以上に怖くなってきた。こんな森からはさっさとおさらばしたい。


 ようやく服を着て原始人から文明人に進化した俺は、梱包に使われていたダンボールや包装紙をすべてストレージの中に入れた。まだ慣れないけれど、やっぱりすごく便利な機能だ。


 ……そうだ、移動する前にひとつだけ試しておくか。


 俺は泉に近づくと中に手を入れ、出品を念じた。


【レタの泉水 50リットル 取引完了→2000G】


 おおっ、量のわりに安いけど売れた! そして二度目は取引停止中になった。


 売れるだけ売れたら次は飲み水としてもキープしておきたい。これをストレージに入れればどうなるのかな?


 《レタの泉水 50リットル》


 こちらも同じ50リットルがストレージに入った。これ以上は入らない。泉の水ぜんぶ抜くとはならないらしい。


 俺は泉から手を抜いて立ち上がると、水を外に出すように念じる。


 すると、俺の目の前の空間から水がドバドバと流れ落ちていき、止まれと念じると止まった。ストレージの中の水は48リットルに減っている。


 どうやらこれで飲み水問題も解決しそうだ。少しは遠出もできることだろう。俺は再び水を補給して50リットルに戻し、売れ残ったパピルナ草も収納した。


 ……よし、泉から離れる時がきたようだ。とはいえこの場所は快適なので、念のため戻れるようにしておくか。


 俺は300Gで使い古しのクレヨンセット(これもクレヨンが足りておらず☆は増えなかった)を購入し、それで木に目印をつけながら森の斜面をさらに下っていくことにした。

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