160話 エルダートレント3

 藪の中を進む俺たちを、エルダートレントは藪をかき分け木々をへし折り、猛然とした勢いで追いかけてきた。さながらブルドーザーのようだ。


 見ればエルダートレントの左右には新しい腕が生えている。どうやら再生可能なものらしい。せっかくダメージを与えたと思ったのにガッカリだよ。


『ひええ、追ってきたのじゃ! もっと早く走ってくれーい!』


 首元のヤクモがブルブル振動しながらメッセージを送ってくる。だがこちらは足元が見えないような藪だらけの中を走っているからな。【俊足】のある俺はともかく案内人のマルレーンがこれ以上早く走るのはちょっと厳しい。


 それにしてもトレントは足が遅いと聞いていたけれど、さすが上位種ってことなのだろうか。じわじわと俺たちとエルダートレントの距離が詰まってきている。このままではマズい。


 俺はストレージからナイフを取り出すと、背後に迫るエルダートレントの目を狙って投げつけた。


 俺たちを追うことで頭が一杯だったのか、無防備なエルダートレントの真っ黒な目の中にナイフが吸い込まれていく。


 すっぽりと穴の中に入っていったので、手応えがまったくわからないが――エルダートレントはグオンと短く鳴くと、新しい両腕で目の辺りを抑えた。どうやら効いたらしい。


 そうして目を抑えながらも、エルダートレントは執拗に俺たちの後を追いかける。しかし俺のナイフを警戒しているのか、そのスピードは格段に落ちていた。


『よくやったのじゃイズミ! その調子でもっともーっと距離を取ってくれーい!』


 どうやらヤクモもひと安心と言ったところらしい。ブルブル震えていた狐マフラーの振動がようやく止まってくれた。


 その後も何度かナイフで牽制をするたびに、よっぽどナイフの一撃が効いたのか、エルダートレントの速度は落ちていった。


 その調子で道なき道を走っていると――


「イズミさん、そろそろ着きますっ!」


 前を走るマルレーンが声を上げた。そうして木々の間を抜けると、急に開けた場所に出た。ここが目的地の川か。


 そこには太陽を遮る高い木もなく、幅が広く緩やかな川がきらきらと陽の光を照り返している。こんな状況じゃなければキャンプでもしたいような広々とした空間だ。


 そしてさらに場違いの連中もいた。ゲッゾ一味である。ヤツらは地面に腰を下ろして汗を拭いながら、森から出てきた俺たちを凝視していた。


「なんでこんな所にいるんだ?」


 俺の問いかけに、疲れた顔でチンピラAが答える。


「逃げ回ってたら道に迷っちまったんだよ。……へへ、それよりお前ら、道を知ってるなら今すぐ俺らを案内し――」


「もうすぐここにエルダートレントが来るぞ。死にたくなければ、さっさとここから逃げるんだな」


 俺の言葉に、都合のいいことを言いながら笑みを浮かべていた男の顔がこわばったままピクリとも動かなくなった。


 こいつらの命を助けてやる義理はないけれど、かといってまたあのグロ映像を見てヤクモがショックを受けても困る。それに普通に邪魔だしな。


 やがて森の方角から重戦車のような音を立てながらエルダートレントが近づいてくるのがわかると、連中の顔が恐怖に染まった。


「ひいっ、こっちに連れてきたのかよおおお!」


 蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げ出す残党たち。一人はついに腰を抜かしたのか、ぺたりと地面に腰をつけたまま股間を濡らしていた。


 まあいい、今は放っておこう。俺は胸に手をあてて息を整えていたマルレーンに話しかける。


「マルレーン。さっきはお前が魔法を使う前に、なんだか防御されたよな?」


 今度は開けた場所とはいえ、同じように身を守られるとダメージは与えづらいかもしれない。


「はっ、はい。もしかするとエルダートレントは魔法を感知する特性があるのかもしれません」


「だよな、俺もそう思う。だから今度は俺の方でもう少しダメージを与えてみよう。腕は折れるみたいだし……そうだな、今度は両腕を折った後にウィンドカッターで狙ってくれるか」


 そう何度も腕は再生できまい、常識的に考えて。魔物に常識が通じるかは知らないけど。


「わ、わかりました。イズミさんも気をつけて……!」


 マルレーンがたたっと後ろに駆け出す。よし、後はやるだけだ。俺はゴクリとツバを飲み込み、目の前の森をじっと見据える。


 やがて木々の合間を縫って、エルダートレントが姿を現した。


 俺はエルダートレントの前に躍り出ると、まずは挨拶代わりのナイフ投げを試みる。


 やはりナイフを嫌がっているのか、エルダートレントは足を止めると左の枝でそれを振り払った。


 もうナイフは当たってくれないかもしれない。しかしせっかく距離も離れてることだし、もう一回くらい投げておきたいよな。


 ――あっ、そうだ。


 俺はここまで一度も使っていないドイツ製の重量級の斧のことを思い出した。


 エルダートレントは思いの外攻撃が早く、軽い金属バットが攻撃をいなすのにちょうど良かったので出番がなかったのだ。


 なにげに20000Gもしたんだよな。使わないなんてもったいなさすぎる。せっかくだからコイツをぶん投げてやろう。


 さっそくストレージから斧を取り出すと、その重さがずしりと腕に伝わってきた。俺は柄をしっかり握りしめ、エルダートレントに向かって思いっきり振りかぶると――


「唸れ剛力ッ! 喰らえっ! ゲッ◯ァァァァトマホォォォォォォク!!」


 気合の叫びと共に、渾身の力を込めて斧をぶん投げた。


 俺の手から離れた斧はすごい勢いで縦回転しながらエルダートレントに迫る。エルダートレントは腕を交差させ防ごうとするが――


 バスンッ!


 乾いた音を立て腕を物ともせずに両断すると、俺の斧はエルダートレントの本体にぐさりと突き刺さった。よしっ!


「マルレーン! 今だ!」


 俺はすばやく横に避け、マルレーンに指示を出す。


「はっ、はいっ! ――えええっ……!?」


 素っ頓狂な声を上げるマルレーン。一体どうしたんだ? 俺はマルレーンが凝視しているエルダートレントに顔を向けた。


 視線の先のエルダートレントはピクリとも動かない。そして俺たちが見ている前で、切断された短い両腕をだらんと下げた。


 そして眉間に斧を柄の辺りまで深々と埋め込ませたエルダートレントは、ゆっくり、本当にゆっくりと、後ろに向かって倒れると、そのまま二度と起き上がってはこなかったのだった。

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