159話 エルダートレント2
マルレーンはすばやく後方へと下がり、長い杖を両手で構える。隙をついてウィンドカッターを撃つためだ。後は俺が隙を作り出せばいい。
エルダートレントは真っ暗な穴ボコの瞳で、ぽつんと立っている俺をじっと見据えると、幹の左右に一本づつある太めの木の枝をゆらゆらと動かす。
これがヤツの腕みたいなもんなんだろう。右側の枝にはゲッゾの血糊がべったりと付いている。
あのシーンを思い出し、マルレーンと一緒に後ろへ下がりたくなってくるが……俺は足にぐっと力を込めるとエルダートレントを睨みつけた。
「さあ、来いっ!」
その声に反応したように、エルダートレントは槍のようにまっすぐ枝を伸ばして襲いかかる。ゲッゾがやられたのと同じ攻撃だ。
「フンッ!」
気合を込めてバットで枝を打ち払う。地面に叩きつけられた枝は巻き戻るようにエルダートレントの元に戻っていき、今度は逆――左側から鋭い枝が飛んできた。
それもバットを横薙ぎにして防ぐ。すると次は枝を高く上げ、鞭のようにしならせながら俺の頭上に叩きつけてきた。
それを横に跳んで回避する。【回避】スキルも絶好調だ。目標を失った枝の鞭はそのまま地面を深くえぐり、再びエルダートレントの元へと戻っていった。
エルダートレントの攻撃は続く。次は右、そして左とエルダートレントは交互に木の枝を繰り出し、こちらは防戦一方だ。しかしそろそろタイミングが掴めてきた。
再び枝をまっすぐ突き出すエルダートレント。俺はそれをくるんと体をひねって避けて――ここだっ!
俺は金属バットを振りかぶると、伸び切った木の枝目がけて思いっきり叩きつけた。
ボギンッと鈍い音がなり、太めの枝が真っ二つに折れた。断面からは緑色の汁が吹き出す。
「グオオオオオオォォォオオオオオン!」
エコーがかかったような重低音が森の中に響き渡り、ビリビリと俺の肌を震わせる。周辺の鳥たちが一斉に空へと逃げ出した。
『ひええ、叫び声も恐ろしいのじゃ……』
まだ本調子でないヤクモのメッセージと共に、マルレーンの声が届く。
「イズミさん、今です!」
その声に俺は横の草むらに向かって走り、マルレーンの射線を空けた。すぐさまマルレーンが詠唱する。
「切り裂け風刃、ウィンドカッター!」
緑色の魔力の奔流がマルレーンを一瞬包む。それは荒れ狂う刃と化し、エルダートレントに向かって襲いかかった。草や木が飛び交い、轟音が響き渡る。まるで嵐の中にいるかのようだ。
何かを察したのだろう、エルダートレントはその全身に生い茂るの枝で身を守るように身体を覆い隠した。思ったよりも反応が早い。
周辺の木々を巻き込みながらウィンドカッターはエルダートレントに直撃し、一際激しい音を立てた。
その瞬間、森が落ち着きを取り戻し、パラパラと葉っぱが舞う。周辺はしんと静まり返り――
動かずじっとしていたエルダートレントが、ゆっくりと身体の守りを解いていく。
生い茂っていた枝はいくつか切断され、まるで櫛の歯が抜けたようになってはいるが……その本体とも言うべき太い幹はほとんど無傷だった。
エルダートレントの口の端がぐにゃりと吊り上がり、俺たちをあざ笑っているように見えた。
「あ、ああぁ……周りの木々に当たったせいで威力が分散されてます。まともに届いてません……」
杖を持ったまま泣きそうな声でマルレーンが伝える。
そうして呆然と固まっているマルレーンの頭目がけて、エルダートレントは木の枝を振り下ろした。
「危ないっ!」
間一髪。俺はマルレーンの前に入ってバットを横に構えて攻撃を防ぐ。
だがエルダートレントは枝を戻さずに、俺の体に絡みつかせるように更に枝を伸ばしてきたが……させるかよ――
「ウィンドカッター!」
俺の手のひらから緑の風刃が乱れ飛ぶ。木の枝がバラバラに飛び散り、エルダートレントが再び苦痛の叫びを上げた。さすがに至近距離ならバッチリと効いてるようだ。
「おい、しっかりしろ!」
俺はマルレーンの背中をバシンと叩く。それで我に返ったマルレーンが目を丸くしながら呟く。
「す、すいませんでした……。あ、あの、イズミさんもウィンドカッター使えるんですね……。しかも詠唱が短い……」
そもそも俺のは詠唱いらないんだけどな。言った方が魔力のノリがいい気がするし、半分は趣味だ。
「ああ、実は使えるんだ。まだ初心者だけどな。……ところでマルレーン。この場所じゃあウィンドカッターでトドメは刺せそうにない。ここは当初の予定どおり――」
「で、ですね、川へ向かいましょう。それなら……こっちが近道です……!」
ショックから立ち直ったマルレーンが背後の藪を指差す。俺たちは痛みにあえぐエルダートレントを残し、藪の中へと飛び込んだ。
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