158話 エルダートレント
太い根っこのような足を波打つようにくねらせながら、じわじわとエルダートレントはこちらに向かって前進を続ける。あきらかに俺たちを狙っているのだろう、その動きに淀みはない。
「デ、デケエ……。こいつがエルダートレント……」
取り巻きの一人がかすれた声で呟くと、別の一人が戸惑いながら口を開いた。
「なぁゲッゾ! どうすんだ、これ!?」
エルダートレントの前進にあわせて、怯えるように一歩二歩と後ずさる取り巻きたち。眉を吊り上げたゲッゾから怒声が飛んだ。
「バカ野郎! ビビッてんじゃねえ! 忘れたのかよ、これは新入りと小娘の指名依頼だぞ? あいつらにやれて俺らにやれねーわけねえだろうがっ!」
「おっ、おう……。そ、そうだ。そうだよな……!」
取り巻きたちは言い聞かせるように呟き、後ずさる足を止める。それを見てゲッゾが満足げに口を歪めて笑うと、ちらりとこちらに目線を向けた。
「エルダートレントを狩った後はお楽しみだ。ブレーム! 女を逃さないように見張ってろ!」
「へっ、へへ……。お、おう、任せとけ」
ブレームと呼ばれた男が俺の背中に隠れているマルレーンをニヤケた顔で見つめながら答える。
そしてゲッゾは剣を鞘から抜き放つと、取り巻きを鼓舞するように大声を上げた。
「行くぞ、お前ら! 俺に続――」
ゲッゾに向かって、鋭く長い木の枝が真っ直ぐ飛んでいった。触手のように自在に動く、エルダートレントの腕だ。
それは鈍い音を鳴らしてゲッゾの腹を容易く突き破ると、そのままゲッゾの体に巻き付き、さながら獲物を絡みとる蛇のようにじわじわと締め上げ始める。
「ゲボッッッッッ! ヒッ、ヒイッ! な、なんだ、なんだよコレ……! 痛っでええええええええええええっ……!」
両手で枝を掴みながら苦悶の表情を浮かべるゲッゾ。だが抵抗も虚しく、全身に枝を巻き付かせたゲッゾは少しずつエルダートレントの方へとずるずる引き寄せられていく。
「お前らっ! はっ、早く、俺を助けろっ……!」
「ひいっゲッゾ!」「うわああああ! やっぱり無理だあああ!」「お前ら逃げるぞ!」「おっ、おう! すまねえゲッゾ!」
取り巻きたちは悲鳴を上げると、背後を振り返ることなく一目散に駆け出した。
「おっ、おい、コラ、お前ら逃げるんじゃ――ぐ、ぐわあああああああああ!!」
ゲッゾは取り巻きたちに腕を伸ばしながら、苦痛に顔を歪める。
その直後、ゴキンッと何かが折れる音が森に響いた。うるさく怒鳴っていたゲッソが急に静かに黙る。
そして虚空を見つめるゲッゾは口から大量に血を吐くと、そのまま首をカクンと下げた。
エルダートレントは動かなくなったゲッゾを宙に持ち上げて、革袋を握りしめるように締め上げる。
そうしてゲッゾから流れ出る血をぽかりと空いた口で受け止めると、ゴキュゴキュと奇妙な音を立て始めた。
えっ、これって血を飲んでるのか……? マジかよ……。
俺はそのあまりに酷いシーンに、血の気が引き身体がこわばっていくのを感じ――
『あばばばばばばばばばば……めっちゃ気持ち悪いのじゃあぁぁ……。イジュミ、ワ、ワシ、こ、腰が抜けてもうた……。しゅまん、しゅまんが、ワシを運んでくれいぃぃぃ……頼むうぅ……』
ヤクモからのメッセージで我に返った。
そうだよ、ここでじっと立ち止まってる場合じゃないだろ。さっさと行動に移さないと俺たちもヤバイ。
俺はペタンと地面に腹をつけてぐんにゃりしているヤクモを拾い上げる。
しゅまんしゅまんと呟くヤクモを首に巻き、狐マフラーにすると改めて辺りを見回した。
あっという間に取り巻きたちはいなくなり、今は食事中のエルダートレントと、俺と狐マフラーとマルレーンしかいない。
「マルレーン、動けるか?」
「あ、あっ、はいっ……」
顔を青ざめながらもコクリと頷くマルレーン。思ったよりは根性が座ってるのかもしれない。俺の方がショック受けてるくらいなのかも。
「よし、昨日の練習どおりにやるぞ」
再びマルレーンがコクリと頷く。
俺は金属バットを構えると、食事が終わりゲッゾだったものを藪の中に投げ捨てたエルダートレントと相対した。
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