161話 力こそパワー
「えっ……。どういうこと?」
ピクリとも動かなくなったエルダートレントを目の前にして、俺は思わずそう呟いた。
『どういうことも何も、お前の渾身の一撃がエルダートレントの息の根を止めたんじゃ。それ以外になにがあるんじゃい。まあアレくらい、ツクモガミの力を持ってすれば当然なんじゃがな! ワハハ!』
ようやく調子を取り戻したらしく、得意げなヤクモのメッセージがモニターに流れる。
ビビっていたくせによく言うと思わないでもないが、それにしても俺、斧を投げただけなんだけどな。まあこれ以上ない会心の投げっぷりだったことは間違いないけど、それにしてもビックリしたわ。
「いちおう離れときなー」
そう言って俺は首元の暑苦しい狐マフラーをポイッと投げ捨てると、狐マフラーの抗議の言葉を受け流しながらそろりそろりとエルダートレントに近づいた。
そしておっかなびっくりにその姿を覗き込む。
エルダートレントは眉間に斧を生やしたまま、まったくもって微動だにしない。
俺はそれを確認すると、斧の柄を握って、斧を抜く――と見せかけて、さらに押し込む!
メリメリメリッと音を立てて、さらに斧がエルダートレントに食い込んでいく。しかしエルダートレントの反応は皆無だ。死んだフリとかじゃなく、本当に死んでいたらしい。
我ながらビビリだとは思うが、正直あんな一撃で死んだってのが信じられないからな。
俺はようやくエルダートレントが死んだ事実を受け入れると、今度こそ斧を引き抜き、ふうっと大きく息を吐く。すると背後から男のうめき声が聞こえた。
「ひっ、ひぃぃっ……」
その声に顔を向けると、ひとり取り残されたゲッゾ一味が尻もちをついたまま青い顔でこちらを見ていた。そういや居たんだった。すっかり忘れていたよ。
男は俺が握り込んでいる斧を目をひん剥いて凝視すると、ガタガタ震えだし、
「お、俺らが悪かった。もう二度と絡まねえから命だけは助けてくれええーー!」
そう叫んで震える足で立ち上がると、一目散に森の方へと走っていった。今度は自分が斧の餌食にでもなると思ったのかね。そんなことはしないっての。
『ワシらが懲らしめてやることはできなんだが、これを機に心を入れ替えてくれればいいのじゃがのう』
ウニャウニャと鳴きながらヤクモは男の背中を見つめる。
絡まれたときはプンスカと怒っていたのに、寛容なところもあるらしい。まあ俺も二度と絡んでこないならどうでもいいけどな。
ただ、それぞれバラバラに逃げ去ったG級冒険者たちが普通のトレントもいるらしいこの森を抜け出せるのかなと少しだけ思ったけれど、そこまで面倒を見る気もなかった。
森の中に男の姿が消え、俺は手に持った斧を収納するとマルレーンに向き直った。マルレーンは俺の顔を見て興奮したように両手をぐっと握り込む。
「イ、イズミさん、すごいです! あんな奥の手があったんですね!」
「いや、奥の手って言われても、ただ斧をぶん投げただけだしマグレだって。それに段取りと違ったし、マルレーンの活躍の場を取っちゃって悪かったな」
「いえいえ、そんなこと気にしないでください! 無事に倒すことができれば、それが一番だと思います! それに……あと二発もウィンドカッターを撃てば魔力も空っぽでしたし、危なくなるまえに決着がついたことに、正直ホッとしてます」
魔力……MPか。マルレーンは続けて三回が限度らしい。俺は一回撃ったけど、ぜんぜん減った気がしないな。
【MP回復量上昇】のお陰か、それとも俺のMP自体が多くなってるのか。……まあ今は考えなくてもいいか。それよりも――
「とりあえず、エルダートレントは俺が持ち運ぶな」
「た、助かります。私の空間収納だと、もう容量ギリギリみたいですから……」
申し訳なさそうに頭を下げるマルレーン。俺は気にするなと手を振りながらエルダートレントをストレージに収納した。
そしてもちろん売るつもりはないが、せっかくなのでツクモガミでの買取値段をチェックしてみる。
【エルダートレント 1匹 販売価格→250000G】
たしか首と右前脚がないロックウルフルーラーが15万Gだったはず。五体満足なだけでB級よりもC級の魔物の方が高いようだ。
なかなかの値段だが、これが指名依頼として提出すれば現金200万Rになるんだから更にウマイ。折半するから100万だけどな。
さてと、これで当初の目的は達成した。後は帰るだけなんだが……。
「なあマルレーン、これから移動を開始して森を出ようとしたら森の中で日が暮れるよな?」
「そうですね、かなり急げばなんとかなるかもしれませんが……。それに……」
マルレーンがチラッと森の方を見やる。ゲッゾ一味と鉢合わせになることを考えているのだろう。また会ったりしたら面倒だもんな、俺も同意見だ。
「それなら今夜はここで野営をするか?」
「賛成です!」
目を輝かせながらマルレーンが即答する。さすがキャンプ女子、最初からそのつもりだったのだろう。
「さて、晩飯はどうしようかな。祝勝会みたいなものだし、ウマイ物を食いたいよなあ。マルレーンはなにか食べたい物ってあるか?」
「えっ、また私、食べさせてもらえるんですか?」
「ああ、お祝いだからな。マルレーンがイヤじゃなければ」
「イヤだなんて、そんな! ……あっ、でもそういうことなら、私から一つ提案があります!」
「おっ、なんだ?」
マルレーンがビシッと地面を指差す。そこはエルダートレントが倒れていた場所だ。
倒れたときに抜けたり折れたりしたのか、そこには結構な量の小枝や葉っぱが散乱していた。
「トレントの葉っぱには魔素がたくさん含まれていまして、その火で料理をすると、魔素の旨味が食べ物にも移ってすごく美味しくなるんです! エルダートレントなら一般種よりもさらに美味しくなると思うので……!」
マルレーンが味を想像したのか、ほわわんと幸せそうな顔を浮かべる。
「へえ、そうなのか。それじゃあコイツを利用するような料理にするか。よし、拾おうぜ」
「わっ、私なにもしてないんで、是非私にやらせてください!」
マルレーンはすぐさましゃがみ込み、抜け落ちていた葉っぱや枝を拾い集める。
『そういうことならワシも集めるぞい!』
ヤクモもマルレーンの近くに駆け寄ると、前脚を使って器用にシャカシャカと葉っぱを集め始めた。
一人と一匹でやれば十分だろうが、俺だけ突っ立ってるのもなんだか悪い。
俺も一緒になってしゃがみ込むと葉っぱを拾い集めることにした。そしてこれで何の料理を作ろうかとしばし考えるのだった。
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