162話 トレントの枝葉

 エルダートレントの小枝や葉っぱは大きなゴミ袋一つ分くらい集まった。


 細々としたものとはいえ、これでも魔物の素材だ。売ればひと財産になりそうだが、俺たちは美食を選んだ。もちろんマルレーンも満面の笑みで同意してくれた。


 俺はストレージからバーベキューコンロを取り出す。そして金網を外すと、木炭の代わりに採れたてのエルダートレントの小枝と葉をまんべんなく敷き詰めた。


「よし、それじゃあ火を付けてくれるか?」


「はいっ! ……薄明をもたらせ、ファイアーボール……!」


 マルレーンは張り切って返事をすると、その指先から火球が生まれコンロの中へと入っていく。すぐに小枝と葉がパチパチと音を立てながら燃えだした。


「本当にすぐに燃え尽きないんだなあ」


 燃えているのは薄い葉っぱや細い枝だというのに、それらは燃え尽きることなく真っ赤な炎を揺らめかせている。


「はい、葉っぱや枝の中に含まれている魔素の影響じゃないかと言われています。トレントが材料の薪は高級レストランでも使われているんですよ」


「へえー、ますます楽しみになってきた。それじゃさっそく焼いてみるとするか」


『おおっ、何を焼くのじゃ!?』


 ヤクモが前脚を俺の脚に引っかけて、ワクワクした顔つきでバーベキューコンロを覗き込む。ちなみにマルレーンは黙ってはいるが、ヤクモと似たような顔をしてコンロを見つめていた。


 これまでバーベキューは何度かやっているけれど、魔物肉を焼くのが定番だった。


 だが魔物肉には最初から魔素が含まれているので、せっかくのトレントの枝葉を使う意味はあまりない。なので今回は魔素の含まれていない食材を使ってみるべきだろう。


 俺はツクモガミのギフトセット出品の常連アカウント【パンダマン】が売りに出していたハムギフトセット3500Gを購入。さっそく開封をして取り出した。


 ハムギフトセットの中には糸で巻かれたハムまるごとだけではなく、ソーセージやベーコンも入っている。


 俺はハムとベーコンはその場でやや厚めに切って、ソーセージはそのまま網の上に並べてやった。


 そのまましばらく焼いていると次第に熱が通ってきたようで、香ばしい匂いが漂ってきた。


「はわわ……。すごく美味しそうです……!」

『なあイズミー。ワシ、もう生焼きでいいから食いたいのう、ダメか?』


 まあ生焼きでも食べられんことはないだろうが、せっかくだから魔素を染み込ませた方がいいだろう。俺はヤクモに待てステイを言い渡し、じっくりと加熱する。


 やがて焦げ目がつき始めたソーセージをトングで掴んで皿に乗せ、ヤクモの前に差し出した。


「ほれヤクモ、食っていいぞ。マルレーンも好きなヤツから食べてっていいから」


『いただくのじゃ!』

「で、ではいただきますね!」


 ヤクモがはぐっとソーセージを咥え、マルレーンはマイ箸でベーコンの切り身を摘むとパクッと口に放り込んだ。そして二人して幸せそうに顔を蕩けさせる。


『皮がパリっとして噛みごたえがあるのじゃ! ふほー! 中の肉汁がじゅわじゅわーっと溢れ出てたまらん!』


「ベーコンのクセになる香りに魔素の旨味が口の中で混ざりあってすごく美味しいですっ! こんなベーコン食べたことありません~!」


 どうやらどちらも好評のようだ。さて、それじゃあ俺は二人がまだ手を付けてない厚切りのハムからいってみようかな。


 俺はいい感じに焼き色のついたハムを摘むと、まずは一口食べてみた。


 ……おおっ、たしかに前の世界で食べたハムとは一味もふた味も違う。何年も熟成されたような深い味わいと、口の中で蕩けていくような噛みごたえ。これが魔素による影響なんだろう。


 普通の食事をここまでレベルアップさせるとは、エルダートレントの枝葉はあなどれない。よーし、もっといろいろ試してみよう。


 俺はさらにツクモガミで購入したトウモロコシ、タマネギ、ピーマンと、バーベキューの定番をじゃんじゃん網の上に投入していった。


 普段は野菜を食べたがらないヤクモも、今回ばかりは文句も言わずに食べている。魔素の効果は絶大だな。


 ひと通り肉と野菜を楽しんだ後、俺はようやく今回の本命を取り出した。――おにぎりである。


「あっ、おにぎりもあるんですね!」


 俺が取り出したおにぎりを見て、顔を綻ばすマルレーン。だが俺はスッと手を引いて、マルレーンからおにぎりを遠ざけた。


 悲しげに眉を下げたマルレーンには申し訳ないが、このまま食べるわけではないのだ。


 俺はツクモガミで購入したちょっとお高いブランド物の醤油を小皿に注ぎ、同じく購入した刷毛を使って、おにぎりの両面に薄く塗った。


 そしてベーコンやソーセージの油が滴っている網の上にぽんと乗せてやる。ジュウッと湯気が上がり、すぐに焦げた醤油のなんとも食欲がそそる香りが鼻に届いた。


「ふわ~、タレをつけておにぎりを焼いちゃうんですね。なんという贅沢なんでしょう……!」


『美味しそうな匂いがこっちまでしてきたのじゃ!』


 そうして鼻をくんかくんかさせる二人が見守る中、こんがりと焼けたおにぎりが出来上がった。トングで二人の皿に入れてやり、三人同時にそれを頬張る。


 うまいっ! ただですら食欲をそそらせる焦げた醤油の香りに魔素で米の味にも深みが加わり、これまで食べたどのおにぎりよりもうまいぞっ!


 見ればマルレーンもヤクモも一心不乱におにぎりを頬張っている。今のは素材の味を確かめるべく塩むすびにしてみたんだが――


「よし、次は鮭フレークおにぎりで試すか」


「わ、私は塩むすびで……!」

『ワシはシソがいい! シソにぎりを焼いておくれー』


 俺の呟きに二人がリクエストで返す。マルレーンはこんなときくらい塩むすび以外試せばいいのにと思わないでもないけれど、まあ味を足すことだけが美味いとは限らんし好きにさせよう。


「よし、どんどん焼いていくぞー!」


「ありがとうございますっ、ありがとうございます!」

『シソの次は鮭フレーク、ほんでおかかを頼むのじゃ!』


 そうして俺たちは次々と味を変え品を変え、飽きることなく腹いっぱいバーベキューを楽しんだのだった。

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