54話 対峙

 赤い瞳で俺を睨みつけるホーンラビットリーダー。俺なにかやっちゃいました? と言いたいところだが、心当たりがないわけでもない。


「どうやらヤツには、同胞を一番多く殺したのがお前だとわかっているようだな」


 キースがリーダーから視線をそらさずに呟く。やっぱりそうだよな。俺たちを包囲して狩ろうとしていたみたいだし、知能はそれなりに高いことがうかがえる。


 今も俺の弓を警戒しているのか、すぐさま襲いかからずに俺の動きを注視しているようだ。


 そして向こうが動かない以上、ここは先手必勝でいくべきだよな。そう判断した俺は、矢をつがえると素早く矢を放つ――と同時にメッセージが流れた。


『アホウ! こういうときのための【イーグルショット】じゃろがい!』


 その言葉に高いスキルポイントを支払って得たスキルのことを思い出す。やべえ、ここまで通常の射撃で慣れていたせいか、存在をすっかり忘れてた!


 しかし普通の矢だって雑魚相手にはワンショットキルを連発をしていたのだ。リーダー相手といえども、効かないことはないはず……!


 そんな願いを込めた俺の矢は、狙い通りに真っ直ぐ飛ぶと、リーダーの眉間に当たる――直前で体をひねられ、肩に突き刺さった。避けきれないと判断して、致命傷だけは避けたのか!?


「グオオオオン!」


 痛みに耐えるように低く唸ったリーダーは、今度は自分の番だとばかりに前脚で地面をガリガリと引っ掻くと、頭を下げて雑魚より長く鋭い角を俺に向け、その巨体ごとぶつけるように突っ込んできた。


「イズミあぶないっ!」


 想像以上に動きが早い。弓の撃ち終わりで体勢が整わない俺を、キースが無理やり引っ張り上げた。そして俺のいた場所をホーンラビットリーダーが走り抜けていく。


「すまん、助かった!」


 俺はキースに礼を言い、リーダーに向かって弓を構え直す。走り抜けて背中を向けている今こそチャンスだ。


 今度こそ【イーグルショット】だ。俺はイーグルショットを強く意識しながら矢をつがえた。


 すると俺の手から緑色の光のようなものが流れ始め、それが矢に少しづつ絡みつき始める。これがイーグルショットの力のようだ。


 俺はその緑の輝きが十分に矢にまとったのを確認すると、こちらに体を向きなおし切れず隙だらけのリーダーに向けて矢を放った。


「くらえっ! イーグルショット!」


 万全のタイミングで放ったイーグルショット。矢は緑の残影を残しながら、通常矢よりも格段のスピードで突き進むと、ホーンラビットリーダーの横っ面に――直撃する前に消滅した。は? なんで!?


「お、おいっ、これはどういうことだよ!」


 俺の声にヤクモが反応する。


『おそらく矢がもろいのじゃっ! 木の矢だと【イーグルショット】の威力に耐えられんようじゃわい! こ、これはワシも想定外なのじゃ! どうしようイズミ。これ、どうしたらいいんじゃー! すまん、イズミ、しゅまんんんー!』


 やたらうろたえたメッセージが流れた。正直、俺よりうろたえるのは勘弁してほしい。その分、俺が冷静になれるっちゃあなれるんだが……。


 イーグルショットの残滓でもかかったのか、リーダーは煩わしそうに右腕で顔を擦っている。それを見ながらキースが話しかけてきた。


「イズミ、今の一撃に凄まじい力を感じたのだが、ダメだったのか?」


「ああ。どうやら矢が力に耐えきれないみたいだ」


「そうか……わかった。イズミ、今度こそラウラは任せたぞ。無理やりにでも村に逃がしてくれ」


 そう言ってキースは矢筒を背中から外した。ヤツに投げ込んで注意を自分に向けるつもりなのだろか。


「そんなっ、兄さん止めて!」


「止めるな、ラウラ。せめてお前だけでも幸せに生きてくれ……」


 キース兄妹が悲壮な顔を浮かべ、言葉を交わしている。だが――


「お、おい。ちょっと待ってくれ。もうひとつだけ試したいことがある。お前が命をかけるのはその後にしてくれると助かる」


 決断が早すぎてビックリしたぜ。俺はまだ万策尽きたつもりはないからな。


 未だに視線の端の方でモニターにうろたえたメッセージを流し続けるアホのお陰か、俺にはツクモガミという規格外のスキルがついていることを、十分すぎるほどに自覚したのだ。そうだ、これさえあればなんとかなる。


 俺は最後の一本の矢をつがえると、再びリーダーに狙いを定める。


 俺の構えを見て、リーダーは顔を擦るのを止め、じっとこちらを見つめた。さっきのようにこの一撃を避けたところで攻撃をするつもりなのだろう。


「シッ!」


 最後の矢を放った。そしてその矢はリーダーからやや外れた方へと飛んでいく。


「イズミ、最後の矢がっ!」


 キースが叫び声を上げる。外れた矢を見たリーダーは口元をゆがめ、俺に向かって突撃の構えを見せ――そこで俺の矢はクンッと曲がり、ヤツの無防備な後ろ脚に命中した。


 よっしゃ曲芸撃ち成功! これくらいはできると思ったんだよな!


「ギュウオオオンッ!」


 完全な不意打ちだったからだろうか、悲痛な叫び声を上げたリーダーは深く刺さった矢を抜こうと脚を振るっている。これで少しは時間稼ぎができるはずだ。


『おい、イズミ、足に当てたのはえらいが、これでは致命傷にはならんぞ! しかも最後の矢じゃ! どーするんじゃっ! どーするんじゃー! すまんワシのせいじゃあウオオオオーーーン!』


「おいっ、邪魔だから少しだまってくれ!」


「えっ、あっ、すまん……!?」


 突然声を上げた俺にキースが困惑しながら謝る。いや、違うんです。なんか視線の端でひたすら怪文書を打ち込んでるやつがいるんです……。


 気を取り直して俺はツクモガミを起動した。アレがあったはずだ。まさか買うことになるとは思わなかったが……。


 俺の検索した先には――


【弓道用 カーボン矢 12本セット 15800G】


 うおっ、やっぱ高えっ! でもこれなら……!


 俺は一度つばを飲み込み、それから購入ボタンをタップした。

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