55話 イーグルショット
カーボン矢の購入ボタンを押した瞬間、俺は叫ぶ。
「キースッ! 今からしばらく俺を守ってくれ! 大丈夫だ、死なない限り絶対に治してやるから!」
「……!? 承知した!」
キースは理由を尋ねなかった。そして俺とラウラから距離を取ると、今度こそ矢筒をリーダーに向かって投げつける。矢筒は放物線を描き、リーダーの背中の辺りにボコンと当たった。キースが叫ぶ。
「おいっ! こっちだウスノロッ!」
ダメージは与えられないが、注意を引くには十分だったらしい。後ろ脚の痛みにあえぐリーダーは再び前傾姿勢になると、その目標をキースに定めた。
そして俺の目の前にはドサリと音を立て、ダンボールが落ちてきた。
「えっ!?」
見慣れぬ物を見たラウラが声を上げたが、今は構っている暇はない。急いで梱包をほどき、中身を確認する。よしっ、不良品ではなさそうだ。☆も増えてたしな。
木目のデザインが施された、つるっとした手触りのカーボン矢。手作り感が満載だった木の矢よりも強度はずっと強いはず。
これならきっとイーグルショットにも耐えられることだろう。これでも耐えられなかったら、そもそも欠陥スキルってことだ。
俺は矢を取り出して立ち上がる。前方ではキースがなんとかリーダーの突進をかわしたのが見えた。脚に刺さったままの矢のせいか、突進力が衰えてるように思える。
しかしさっきは足を止めたところを俺に狙い撃ちされたのを覚えているのか、リーダーは足を止めず緩やかにUターンをすると、再びキースに向かって突っ込んできた。
俺はこちらに背を向けているキースに呼びかける。
「キースッ! もう大丈夫だ。避けろ!」
「ああっ!」
キースが真横に駆け出すと、俺の正面には突進を続けるリーダーが見えた。そのまま標的をキースから俺に切り替えたリーダーに向かって、俺は掴んでいた三本のカーボン矢に力を込める。
三本の矢にイーグルショットの力が絡みつき、充満していく。俺はその三本の矢を一度につがえると、リーダー目掛けて力いっぱい弓を引いた。
「イーグルショットオオオオォッ!!」
俺の放った緑の閃光は地を這うように飛んでいき、リーダーに当たると同時に空へ向かって上昇した――
――ボウッ
なにかが燃え、一瞬で燃え尽きたような音がした。そして緑の閃光が収まった後には、首から上がごっそり削られたホーンラビットリーダーとその長い角が地面に転がっていたのだった。
「一撃必殺かよ……」
思わず力が抜け、その場に座りこむ。いや、緊張が解けた脱力感だけじゃない。再び立てなくなるほどじゃないが、ヒール+1を使ったときの倦怠感に似ている。
モニターが現れ、メッセージを映し出す。
『うほおおおお! イズミ、よくやったのじゃ! ワシは信じとったぞ!』
本当かよ。俺は苦笑を浮かべながら襟巻きをポンと叩こうとして、違和感に気づく。なんだか首のあたりがやたらぐっしょりとしているような……。
俺は狐の襟巻きを取り外し、目の前に吊り下げてみる。ヤクモの目からは涙、鼻からは鼻水、口からは
「ほれ、もう終わったんだから巻き付くな」
そう言ってぽいっと投げ捨てると、ヤクモはくるんと回って軽やかに着地をした。
『こら! ワシを粗末に扱うでない!』
「この惨状を見てから言ってくれよ」
俺は首元をつまんで、ずぶ濡れの首まわりを見せてやる。
『あ、あー……それはちょっと感極まっての? うむっ! 今回はよくやったから不問としてやろう!』
「へいへいっと」
この期に及んで偉そうなヤクモを放置して、俺はホーンラビットリーダーの死骸を眺めて立ち尽くしているキースに近づいた。
「キース、怪我はないか? というかそもそも怪我だらけだったな。見せてくれ」
「いや、そんなことよりイズミ、今のはなんだ……?」
「ああ、俺の秘めたる力が、覚醒? したらしい? どうだ、すごいだろ」
「なんで撃った本人がそんなに曖昧で適当なのだ……」
「知ってると思うが俺、記憶喪失だからな」
「……そういえばそうだったな。……いや、そもそも詮索はよくない。俺と妹の命を救ってもらった。その事実の前にはお前が何者かなど些細なことだ」
「そう言ってくれると助かるよ。とりあえず、ほい、ヒール」
血濡れのところにヒールをかけておく。
「おおっ……。本当にお前は何でもできるやつだな……」
感心したように呟くキールを手を振り、次はラウラの元に向かう。ラウラは俺とキースを見ていたらしく、すぐに目が合った。
「ラウラ、お前は痛いところはないか?」
「う、うん。私は平気……」
目線を外しながらぼそぼそと呟くラウラ。本当に大丈夫か? と思わなくもないが、あまり口数の多いタイプじゃないし、なによりキースがよく守っていたもんな。見た感じ、外傷は特になさそうだ。
「そうか、わかった。それじゃあ帰るのはちょっと待っててくれよな」
さてと、後はお楽しみの戦利品タイムだ。俺はホーンラビットリーダーの死骸に近づいていった。
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