148話 鮭おにぎり
数時間ひたすら歩き続け、やがて昼になった。俺も歩き慣れたもので、これくらいの移動なら全然疲れなくなっている。あるいは【俊足】【剛力】辺りの効果なのかもしれないけどな。
俺たちは平原にぽつんと生えていた大きな木の陰に入り、そこでそれぞれが用意した昼食を食べることにした。
マルレーンはローブの中に手を入れ、もそもそと体を動かすと中からサンドイッチを取り出す。やはり【空間収納】を隠すためにだぶついたローブを着ているようだ。鞄から取り出すマネをするよりも、よっぽどラクなんだろう。
だがそんな様子を見ていてふと考えた。俺ばかりマルレーンが隠したい能力を知ってるのもなんだか悪い気がするし、マルレーンにしても俺が知っているのに隠してるのはあまり意味がない。
戦闘中、とっさに道具を出したいこともあるかもしれないし、ここは改善しておいたほうが色々と楽になるに違いない。
そういうことで、俺は地面に座り込むとなんてこともないようにマルレーンに語りかける。
「なあマルレーン。そういや俺って、君にどういうことができるかまったく教えてないよな?」
俺の問いかけに、サンドイッチをごくんと喉に通らせたマルレーンが口を開く。
「えっ、イズミさんは従魔使いなんですから、その……ヤクモちゃんを戦わせる人なのでは?」
マルレーンが歩き疲れてべたっと木陰に座り込んだヤクモを見ながら答える。こんな様子を見てなおヤクモが戦えると思えるのは、神秘的な銀色の毛並みのせいなのかね。
「あー、まあそういうこともあるかもしれないけど……とりあえず、これを見てくれ」
俺はマルレーンに手を突き出すと、その開いた手のひらの上にパッと皿を出してみせた。
「俺、収納魔法が使えるんだ。それでさっきローブをごそごそやってるのを見て思ったんだけど……マルレーンもそうじゃないか?」
するとマルレーンがぱあっと表情をほころばせ、パンと手を合わせた。
「わあっ、イズミさんも収納魔法持ちなんですね! 私、自分以外で初めてみました!」
マルレーンは素直に収納魔法持ちを告白すると、ぐいっと顔を近づけて興奮気味に声を上げる。昨日知り合って以来、こんなテンションの高い彼女は初めてだ。
「イズミさんも収納魔法は普段は隠してるんですよね、鞄を持ってますから! ……それ、すごくわかりますっ……! 鞄に付与してくれってしつこい人がいるんですよね! ねっ!」
ぐっと顔を近づけて力説するマルレーン。やっぱりそういうことあるんだな。
「お、おう。そうだよな、俺は付与はできないってのになー」
俺が適当に話を合わすとマルレーンが何度も何度も首を縦に振る。
「ですよねっ! 付与はまた別の技術ですし、収納魔法を持っていてさらに付与ができる人といえばかなり限られてくるっていうのに、本当にしつこい人が多くて……。隠しちゃうの、すごくわかりますうっ!」
どうやらこれが収納魔法持ちあるあるらしい。そんな様子で興奮気味に語るマルレーンを見つめていると、俺の腹がぐうと鳴った。
「そういうわけだから、俺には隠さないでいいからな? それじゃ俺もメシの準備するから」
「はいっ!」
元気に返事をしたマルレーンに頷き、俺は自分の食事を取り出すことにした。俺の昼食はおにぎりだ。
俺が皿に乗せたおにぎりを誰にはばかることなく取り出す。やはり隠さなくても済むのはいろいろとラクチンだ。これが明日のエルダートレントの戦闘にも役立つことを信じたい。
ちなみにおにぎりは昨日宿に帰ってから裏庭でライスクッカーを使って米を炊き、それをツクモガミで購入した鮭フレークをまぶして作ったものである。
それにしても木陰でおにぎりを食べるって、まるでピクニックみたいだよなあ……。凶悪な魔物を倒しに行くっていうのに、こんなんでいいのかなと思わなくもない。
だが緊張感に欠けているのは俺だけではなかった。ぐったりと座り込んでいたヤクモが復活し、尻尾を振りながらおにぎりにフンフンと鼻を近づける。
『昨日作ってるときからいい匂いがしていたからのう。ようやくおにぎりが食べられるのじゃ! さあ、はようワシのぶんも出してくれい!』
『え? お前の昼飯はパンケーキだろ?』
俺は目を輝かせているヤクモに水を差すように言ってやった。
ヤクモは今朝ツクモガミにフリック入力実装の仕事を終え、その報酬のゴールドで自分用のパンケーキを購入したのだ。それを食べればいいじゃん?
それにさっき散々ヘタレとからかわれたからな。少々仕返しをしてやらないと。
俺はヤクモに意地悪くニタリと笑ってみせると、ヤクモはペタンと耳を伏せながらメッセージを届けてきた。
『いじわるするない! さっきからかったのは謝罪するゆえ、ワシにもそのしゃけふれーくとやらを食わせてくれい! 頼むのじゃー!』
あっさりと謝るヤクモ。そういやこいつは偉そうなくせにアホほど素直なんだったわ。これではからかい甲斐がないよなあ……。
「しゃーねーなー」
俺は呟きつつ、ヤクモの分のおにぎりを皿ごと地面に置いてやる。さっそくヤクモはそれをパクンと口の中に入れた。
『ふおー! しゃけふれーくのしょっぱさとコメの甘さが絶妙なのじゃ! ついでにいうと一口サイズでめちゃ食べやすいのう! はぐっはぐっ』
こいついつも口元べっとりさせてるからな。ヤクモのでかい口なら一口でいけるし、たしかに狐姿でも手軽に食べられる食べ物かもしれない。
さて、ヤクモが食ってるのを見てても仕方ない。俺は自分のおにぎりをパクっと食べる。うん、手軽に作ったわりにはうまいな。これからは昼食用におにぎりを量産するのもいいかもしれない。
おにぎりを食べながらマルレーンの方を見た。マルレーンはサンドイッチを食べながら、微笑ましそうに口元を緩めてヤクモを見つめている。
そして俺の視線に気がついたのか、マルレーンはハッと顔を上げた。
「その、ヤクモちゃん……すごく懐いてるんですね。あ、いや、懐いてなければ従魔じゃないんですけど……私、従魔使いさんを近くで見たの初めてで、ちょっと興味があって……」
従魔使いは町でもなかなか見ないってルーニーが言っていた気がする。まあ俺は実際にはヤクモを連れてるってだけで、従魔使いでもなんでもないわけなんだが。
『フフン、ワシはご覧の通り獣姿も美しいからな。人の子が目を奪われるのも仕方ないのじゃ』
はぐはぐとおにぎりをがっつきながら誇らしげに尻尾を立てるヤクモ。その姿には美しさなぞどこにもない。
「それにイズミさんやヤクモちゃんが食べているそれ……。コメですよね。これも珍しいです」
どうやらマルレーンは案外好奇心旺盛らしい。じっとおにぎりを見つめるその目は食べてみたいと雄弁に語っていた。それじゃあ俺としてはこう言うしかない。
「よかったら食べてみる?」
俺はストレージから出したおにぎりをマルレーンに差し出した。
「いいんですか? ……それじゃあ、いただきますっ!」
ノータイムで俺からおにぎりを受け取ったマルレーンはすぐさまそれを頬張る。一口食べて顔をほころばせた彼女を見れば、気に入ってもらえたのは一目瞭然のようだった。
ようやくマルレーンとの距離が少し縮まった気がする。そんなことを思いながら俺たちは昼の休息を過ごしたのだった。
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