21話 ごちそうさま

 三人揃ってカップラーメンを食べ終わり、汁まで飲んで一息ついた後――親父さんが真剣な顔でカップラーメンの容器を俺の方へと突き出した。


「それで……これは一体どういうことなんだ?」


「これはカップラーメンって言って、お湯を入れると簡単に食べられる物で――」


「そういうことじゃねえ。この見慣れぬ軽い器にそこに書かれた模様……いや、文字だな? そして中に入っていた食べたことのない不思議な料理。それを取り出したお前は何者なんだと聞いている」


 俺の言葉を遮り、親父さんは指で容器をなぞり、それから俺を指差した。まあそうなるよな。でも俺から言えるのは一つだ。


「さあ……なんなんでしょうね。記憶がないのでさっぱりワカリマセン。とりあえず俺にはこれらの物品を取り寄せることができて、その使い方がわかるとしか」


「ふうん、そうか……。なぁイズミ、自分で言っててずいぶん都合のいい記憶喪失だとは思わないか?」


 親父さんが片眉を上げながら俺をにらみつけた。その隣ではクリシアが俺と親父さんを交互に見てはおろおろしている。


 まあ我ながら、記憶喪失ってのもだいぶ苦しいよな。しかし俺はその言い訳を貫くしかない。


 俺はただ苦笑をして返すと、親父さんはそれ以上は追及をせずに軽く首を振った。


「まあいい。なんにせよ……イズミ、むやみやたらと自分の力を人に見せるのはよせ」


「どういうことです?」


「死にかけの人間を癒やす回復魔法に収納魔法、さらには未知の料理。今後お前を囲いたい貴族や悪党なんかいくらでも現れるだろう。その中には言うことを聞かせるためには手段を選ばねえような連中だっている」


「あー。それはなんとなくわかります」


 そんな俺の返答に、親父さんは少しすごんだ様子で身を乗り出した。


「おい、本当にわかってるのか? ならどうして俺たちにこれを見せた? この料理を気に入った俺が、お前の手足を切り落として奴隷にしちまう……なんてことは考えなかったのか?」


 ああ、なんだ。そんなことか。


「考えてませんよ」


「あ? どういうことだ」


 俺だって、異世界で最初に会った人間にいきなりぶん殴られたのだ。この世界の理不尽さは身にしみている。


 厄介事を避けたいのなら、俺だけ隠れてカップラーメンをすすり、親父さんたちはただ腹を減らす。それが一番安全で確実なことくらいわかっている。


 だが正直なところ、誰にもなにも見せず明かさず、隠れるようにこの世界で生きていく――なんてのは俺には少々キツいのだ。


「俺はあんたら二人を信じましたから」


 俺は、俺が信じた人には、俺のことを少しくらいは知ってもらいたい。ただ生きていくためだけにぼっちを選択できるほど、俺のハートは強くできてない。


 まっ、さすがに異世界から来ましたっていうのだけは言うつもりはないけどね。この二人なら信じてくれるかもしれないけれど、今は同情されて戻れるかどうかもわからない日本への想いをぶり返すより、あまり深く考えないで楽に生きたいんだよな。


 未だ俺を見つめる二人に言葉を付け足す。


「それにほら、このカップラーメンってのは一人で食べるより、親父さんやクリシアと一緒に食べたほうがおいしいだろうなって思ったんです。実際、俺が今まで食べた中で一番うまかったかも」


「今まで食べた中でって、お前な……」

「イズミ、それはちょっと……」


 二人がなにかを言いたげに口をパクパクとさせる。失言があった気がするが気のせいだよな。


 やがて親父さんが大きく息を吐き出した。


「はぁ~。お前は俺が思っていた以上に、バカな男だということがよくわかった。……だが、お前の言うとおりだ。お前が信じた俺という男は、お前を決して裏切らない。お前の力のことも口外しないと誓おう」


「そうしてくれると助かります」


「ああ。……改めてよろしくな、のイズミ」


 あからさまに記憶喪失を強調して親父さんがそう言うと、目元の皺を深くして笑い、俺の手を握りしめた。


「私は命を助けてもらったときから、ずっとイズミのことを信じてるし。イズミが何者だって関係ないから」


 親父さんの手の上にクリシアが自分の手を重ねる。そして俺と目が合うと、ぷいっと横を向いた。難しい年頃である。


 クリシアはともかく親父さんのグローブのような手で強く握られ、俺の手がじんじんと痛む。……だが、この世界にきて初めて人と通じあえたような気持ちに、俺は自然と笑みがこぼれたのだった。

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