126話 寝起きドッキリ

「――早く起きなよ、ねえ」


 久々のベッドでぐっすりと眠っていた俺は、その一声でゆっくりと意識が浮上していくのを感じた。昨日は腹いっぱい食った後は文字の勉強をして脳みそが疲れたし、まだ眠っていたい。


「頼む……クリシア、もう少し、寝かせてくれ……」


「……クリシアって誰」


「……? クリシアはクリシ――」


 一気に目が覚めた。マジか、久々のベッド就寝に気を抜いていたせいか、感知スキルがまったく働いてなかった。俺は慌ててベッドから上半身を起こす。


 そして俺の目の前にいるのはもちろんクリシアではなく、セミロングほどの髪の毛をふんわりとカールさせ、気の強そうな目元、そして無愛想に口を結んだギャル――マリナだった。


「マ、マリナ!? どうしてここに?」


「……昨日あんたに助けられたことママに言ったら、お礼に朝食を誘ってきなさい、だって。それで呼びに来たワケ。寝ていたいなら別に来なくていーよ」


 口を尖らせながらマリナが答える。やはり一日経ってもお怒りは収まってはいないご様子。だがせっかくの機会だし、ここはご相伴にあずかって関係改善の糸口を探ろう。


「わかった。そういうことなら行くわ」


 そう言ってベッドから降りようとすると、俺をじーっと見ていたマリナが口を開く。


「ところでクリシアって誰なん? もしかしてカノジョ?」


「いや、前に住んでた村でお世話になってた女の子だよ」


「あっそ、まぁ別にもうどーでもいいんだけど」


 プイッと横を向くマリナ。というか準備があるのでできれば外に出てもらいたいんだが――って、あれ?


「その腕、どうしたんだ?」


 マリナの左腕には包帯が巻かれている。


「ああ、コレ? 昨日アイツに握られたところ、あん時はなんともなかったんだけど、後から痛くなってきてね、マジ最悪。それでママに昨日ヤバい目に遭ったことがバレたし」


 そういや昨日は黙っていたもんな。親に心配かけたくないだろうし、言いたくなかった気持ちはわかる。まあそれはさておき。


「マリナ、ちょっとこっち来てくれ」


「は? キモ。何する気?」


 俺の言葉に、マリナが近づくところか一歩下がって顔をしかめた。


「俺、ヒールが使えるから治してやるよ」


「ウソっしょ。そんなこと言ってあたしに触りたいだけなのミエミエだっての。マジキモいんだけど」


 犯罪者を見るような目で俺を見るマリナ。好感度が最低ランクまで落ちていると、こうも信じてくれないものなのか。


「まあまあ、包帯に手を近づけるだけだから。触らないし、それで本当に治ったら儲けもんだろ? 怪我してるなら仕事にも差し支えあるだろうし」


「そ、それはそうなんだけど……。変なことしたらマジで大声だすから」


 そう言っておずおずと左腕を差し出してきたマリナ。もったいぶってないで、ここはさっさと治そう。ヒールっと。


 俺の手から放たれた光がマリナの包帯を包み込む。


「……え、これマジなヤツ?」


 マリナが光を見ながら声を漏らす。ヒールを使うと傷の状態がなんとなくわかったりするのだが、どうやら強く掴まれたことで内出血を起こしているようだった。――よし、もういいだろ。


「これでもう治ったと思うぞ」


 マリナはおそるおそる腕の包帯を解いていく。そしてなんの傷跡もない腕を見て目を大きく見開く。


「……マジで治ってんじゃん」


「だから言ったろ?」


 マリナは俺を見ながら口をパクパクさせる。お礼を言いたいけど、言いたくない、みたいな心境なんだろう。


 まあ別にこれで恩を着せるつもりもないし、どうでもいいんだけどね。1ミリくらいは好感度が上昇してほしいとは思うけど。


 そしてマリナはあたふたと辺りを見回し、俺がテーブルの上に置きっぱなしにしていた紙切れに視線を止めた。


「こ、これなに? なんか字がいっぱい書いてるけど」


「ああ、俺読み書きがあまりできないからさ、勉強してるんだよね」


「……ふーん、村には教会学校ってなかったん?」


「ん? ……ああ、教会には住んでたけど、そういうのはなかったな」


「あーそうなんだ。あんたってヒールも使えるし、教会のコだったんだ」


「いや、違うよ。そこに住まわせてもらってたというか……」


 俺の歯切れの悪い言葉に、マリナはしまったという風に口を手で塞ぐ。


「あー。あー……悪いね、変なこと聞いちゃって、ごめん」


 どうやら孤児かなにかと思ったらしい。今日イチ素直に頭を下げるマリナ。まあ居候の話はややこしいので曖昧にしておこう。


「あー、俺の方こそ昨日は悪かったな」


 ついでなんで謝ってみることにした。髪を触りながらマリナが目線をそらす。


「別に? 幻滅しただけで、悪いことされたとは思ってないんですケド」


「ああ、そう……。まあ俺は悪かったと思ってるんだよ。君みたいな女の子に聞くような話じゃなかったよな。すまなかった」


 そう言いながら頭を下げると、落ち着かないように髪をいじり続けていたマリナがはぁーと息を吐き、ぶっきらぼうに答えた。


「そんなので頭下げられたら、ムカついてるあたしがガキみたいじゃん。……いいよ、もう。昨日のことは忘れるから」


 腕を組んで横を向いたままマリナが答える。許してもらったってことでいいんですかね?


 そしてマリナは扉に向かって歩くと、


「とりま、さっさと来てよね。ママが待ってるんだから」


 そう言って部屋から出ていった。緊張から解き放たれた俺は大きく息を吐く。


「ふうー……」


『とりあえず関係改善と言ったところかの?』


 これまでベッドの上でじっと状況を見守っていたヤクモからメッセージが届いた。


『だといいがな。やっぱ年頃の女の子の相手は大変だな。俺にはやはり娼館しかないと改めて強く感じたぜ。……っと、まあここでのんびりしてたらまた嫌われそうだし、さっさと準備するわ』


『うむ! あとワシは昨日のカップウンドがまだ腹に残ってるので朝食はいらんと言っておいてくれ』


 そもそもヤクモの分も用意してるのか? と思わないでもなかったが、俺は黙って頷いた。



◇◇◇



 俺はママさんとパパさん、そしてマリナと一緒にテーブルを囲み朝食をいただいた。


 白いパンにパリパリに焼けたソーセージ、目玉焼きと温かいミルクとまさに朝食の定番のようなメニューだった。定番ゆえに強い、そして美味い。


 俺は食事を基本的にツクモガミで済ませるつもりだったのだが、この朝食が食べられるのなら、毎日朝食だけでもここで食べるのもいいかもしれない。


 腕の怪我も治したこともあり、輪にかけて両親は礼を言ってくれたし、マリナもまだぎこちなくだけれど、俺と話をしてくれるようにはなった。とりあえず危機は乗り越えられたと思っていいかもしれない。


 ちなみに元々ヤクモの分の食事は用意されてなかった。まあ何を食べられるのか分からないしな。


 こうして後顧の憂いを取り除いた俺は、朝食の後ヤクモを引き連れて、ついに依頼を受けるべく冒険者ギルドへと足を運んだのだった。

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