125話 おさんぽ

 ツクモガミでひと通りのカップ麺をポチった後、まだ夕食には早かったこともあり、外に出かけて時間を潰すことにした。ヤクモは久々のベッドでひと眠りするらしいので、出かけるのは俺だけだ。


 俺たちの部屋があるのは二階の最奥。そこから通路を歩いて階段から一階に降りると、その先はテーブルと一人席のカウンターが置かれたちょっとした食堂エリアになっている。


 さほど人のいない食堂エリアを通っていると、軽食を客に運んでいたマリナと目が合った。そこで軽く手を上げてみたところ、プイッとそっぽを向かれた。うへえ、嫌われてるね。


 かすかな悲しみを覚えながら外に出た俺は、祝福亭が面した大きめの通りをまっすぐ歩くことにした。変にうろうろすると、戻ってこれないかもしれないからな。


 この辺は正門の大通りからはかなり外れているが、それでも歩いていると屋台がちらほらと立っており、威勢のいい店員が客の呼び込みをしていた。


 冷やかしでいくつか店を覗いてみると、串焼きはソードラット、ケバブにはフォレストスネークとかいう魔物が使われているようだった。


 どちらも割高のわりにはそこそこ繁盛している。ナッシュはあまり魔物肉は食わないと言っていたけれど、案外節約家なのかもしれない。


 あちらこちらの屋台から漂う美味そうな匂いに耐えながら、ひたすら道をまっすぐ歩いていると、眼鏡がモチーフになったヘンな看板を吊るした閉店中の店を見つけた。


 てっきり眼鏡屋かと思ったのだが、俺のまだ微妙な翻訳によれば看板には「ルーニーの薬師局」と書かれている……と思う。これって間違いなくルーニーの店だよな。


 また会いに行こうとは思っているが、しばらくはお腹いっぱいだ。ばったりと出くわす前に引き返すことにした。


 そんな風に周辺を探索し、十分に腹を減らした俺は夕方頃に祝福亭に戻ってきた。それなりに客が入っていた食堂の中を、マリナに見つかる前にそそくさと通り過ぎて階段を上る。


 うーむ……ついつい逃げるような行動をとってしまったが、こういうのはあまり気分がよくない。お気楽にのんびり過ごしていくのが俺の人生のスタイルだ。やっぱりマリナとの関係を修復したほうがいいよなあ……。


 とはいえ、娼館の場所なんか聞いてゴメンな! ってマリナにストレートに謝るのもなんだかな。謝るタイミング次第では余計に溝が深まりそうな気がする。


 ……まあ、ゆっくり考えよう。明日から冒険者ギルドに行くことになるし、そうなればこの宿は寝る時だけ戻ってくる建物になるかもしれない。


 俺は気分を入れ替えるように小さく息を吐くと、自室の扉を開けた。中に入るや否や、ベッドから飛び降りたヤクモが尻尾を振りながら俺の足元をうろつく。


「おいおい、寝てたんじゃなかったのか?」


『そのつもりだったのじゃが、カップ麺大会が気になってまったく眠れんかったわい! ほれ、はようはよう! もうメシの時間じゃろ?』


「わかったわかった。ちょっと待ってくれ」


 少しは休憩したかったが、ヤクモのメシを先に用意してやるか。どうせインスタントだし。


『よし、それじゃあまずお前におすすめするカップ麺は……コレだ!』


 俺はストレージからカップうどんを取り出した。狐のコスプレをした女優がCMしていたヤツだ。


『もしやこれがカップウンドか!?』


 カップうどんなんだが、もうカップウンドで覚えてしまったらしい。もはや訂正すまい。


『これはな、麺もスープもラーメンとは別物なんだが、中に入ってる油揚げが一番の特徴なんだよ』


 俺は取り出したカップうどんの蓋をめくってみせてやる。


『なんじゃ~? この茶色のパリパリしたやつは』


 ヤクモはすぐさま人の姿に戻ると、その手で乾燥油揚げを摘み取ってクンクンと匂いを嗅いでいる。


『これは油揚げと言ってな。俺が元いた国じゃあ、狐は油揚げが大好きってのが定番だったんだよ』


『ふーん。……まぁワシは別に獣化した姿が狐に似とるというだけで、狐の化身というわけではないのじゃがの。まあそれはいいわい。それでこれはこのまま食べるのか? んあー』


 あんぐりと口を開け、まさに油揚げを口に入れようとしたヤクモの手を掴む。


『違うっての。これも一緒にお湯を注ぐんだよ。ほら、カップに戻せ』


『そうか。わかったのじゃ』


 素直にヤクモが油揚げを戻し、俺はそのカップうどんに【アクア】で熱湯を注ぐ。さて、待ってる間にトイレにでも行ってくるか。



 ――そして五分後。テーブルに置かれたカップうどんを箸を持ったヤクモがそわそわしながら見守る。


『いい匂いがしてきたのう。カップラーメンのガツンとした匂いに比べると、やさしくて上品な感じがするのじゃ。……なあ、もう食ってええか?』


『ああ、いいぞ。開けてみな』


『うむっ!』


 ヤクモは勢いよく蓋をペリッとめくる。そして真っ先に中の油揚げを箸で摘んだ。


『ほう……さっきまでパリパリに乾いておった油揚げとやらが、湯を吸ってしっとりたぷたぷになっとるのう』


『だろう? 食ってみ?』


『言われるまでもないのじゃ、いただきま――』


 ヤクモは大口を開けると、油揚げを口にくわえた。


「……!」


 そして固まってしまった。ああ、また熱すぎて火傷でもしたのか? いや、それにしてはリアクションがない。


「おい、どうしたんだよ」


 メッセージ欄には一言『う』とだけ届く。


「う?」


『うまいのじゃー! なんじゃこの舌触り! なんじゃこの歯ごたえ! なんじゃこの風味! すべてがワシをとりこにするのじゃ!』


 再起動したヤクモはハグハグと油揚げを食べる。そしてすぐに食べ終わると、まだ麺のたっぷり入ったカップうどんの容器を俺の前に突き出す。


『油揚げ、おかわりなのじゃ!』


『アホか。これは一個で一枚しかないよ』


『なんじゃと!? ワシはもっと食いたいぞ! だが仕方ない! ウンドだけでも食べるぞ!』


 そしてズルズルズルッとすごい勢いでうどんをすすりだした。


『ぬううう! ウンドの麺も美味い! ああ、油揚げを食べながらウンドをすすりたかったのじゃ! イズミー! ワシ、今日のカップ麺大会はこのカップウンドだけでいい! カップウンドをお代わりなのじゃ!』


『まあお前がいいなら別にそれでいいけど……』


 大会というだけあって、余分に買っていたしな。そうして結局ヤクモはこの日、カップうどんだけを五杯食った。やっぱ狐って異世界でも油揚げが好きなんだな……。

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