201話 お見舞い

 シグナ湿地帯を出て、集落へと戻ってきた。俺たちはそのままナッシュを見舞いに民家へと向かう。


 民家が見えてくると、軒下で魚を干していた住人女性が俺たちを迎えてくれた。


「おかえりなさい。ちょうど今、ナッシュさん起きられましたよ」


「おっ、そうなのかい? それじゃあちょっと顔を見に行かせてもらうよ」


「はい、お暇そうだったので喜ばれると思いますよ」


 住人女性が柔らかい笑みを浮かべる。ちなみにこちらの女性、旦那さんと二人暮らしで旦那さんは夕方頃まで湿地帯の浅い場所で魚を獲っているのだそうだ。



 部屋に入るとナッシュがベッドで横になっていたが、俺たちに気づいて体を起こした。コーネリアが軽く手を上げる。


「ようナッシュ、暇なんだってね。話し相手を連れてきたよ」


「はは、暇つぶしになる物を何も持ってきてなかったですからね。……イズミ、また助けてもらったな」


 俺を見てナッシュが申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえ、気にしないでください。それより体の調子はどうですか?」


「そうだな……。お陰様で毒は抜けたようだが、まだ馬に乗れるほど調子はよくないな。もうしばらくゆっくりさせてもらうさ」


 ナッシュが調子を確かめるように、軽く体をひねりながら答えた。


「そうですか……。食欲はどうです?」


「うーん、正直あまりないんだよな」


「あたしらも硬い保存食しか持ってきてないし、この集落じゃあ病人は魚介のスープを飲むそうなんだけどさ、コイツときたら魚の匂いが苦手だって言ってほとんど飲みやしなかったんだよ」


 呆れたようにコーネリアが言うと、ナッシュは背中を丸めて苦笑いを浮かべた。


『まったく、体が資本なのじゃから、とにかく食事は大事じゃろうに。なっとらんのう』


 ヤクモが偉そうに呟いてるが、こいつはこいつで好き嫌いが多いんだよな。けれどまあ、言ってることは間違ってない。


「ナッシュさん、食欲はなくても何か腹の中に入れたほうがいいと思いますよ?」


「それはその通りなんだが……」


 困ったように眉を下げるナッシュ。うーん、なにか病人にも食べやすいものでもあれば……。あっ、こういうときこそ十秒チャージか!?


 俺はさっそくツクモガミで十秒でチャージするゼリーを検索。


 検索結果にはプロテインやらローヤルゼリーやら、様々なタイプの物がズラリと並んだ。うーん、病人にはどれがいいんだ……?


 まあいい、困った時にはビタミンだ。ビタミンはすべてを癒やしてくれる。俺はマルチビタミンタイプの八個セット800Gをポチっと購入。


 そしてストレージ内で中身だけを取り出すと、小皿の中にボトンと落としてスプーンを添えた。


 それを見ていたナッシュが目をぱちくりとしながら声を上げる。


「な、なあイズミ。今、何もないところからその皿を出さなかったか?」


「実は俺、収納魔法が使えたんです。今まで黙っててすいません」


「あっ、いや、謝ることはないんだが……そうか、なんというか、お前に会うと驚くことばかりだな……」


「ククッ、後でもっと驚く報告をしてやるよ」


 コーネリアが俺の肩を抱きながらにんまりと笑うと、ナッシュが愛想笑いを浮かべる。


「はは、楽しみにしてます……。それでイズミ、それは何なんだ?」


「これなら食べられるかなって思いまして。どうですか?」


 ナッシュは俺が差し出したゼリー皿を手に取り、不思議そうに眺める。


「ゼリーか……。まあ菓子なら食べられるかな……」


 どうやらゼリーはお菓子として、この辺りでも浸透しているようだ。ナッシュはスプーンでゼリーをすくい取ると、ゆっくり口に運んだ。


「へえ……。なかなか美味いじゃないか。うん、これなら今の俺でも食べられそうだ」


 そう言って、何度もスプーンを口に運ぶナッシュ。どうやらお気に召してもらえたようだ。そんな様子にヤクモとコーネリアが興味深そうにゼリーを見つめる。


「へえー、結構美味そうじゃないか。なあナッシュ、あたしにも一口おくれよ」


 口をぱかっと開けて催促するコーネリア。俺は彼女をベッドから引き離す。


「これはナッシュさんの分だからダメだっての。コーネリアには後で別に用意してやるから」


「ははっ、なんだか催促したみたいで悪いね?」


「本当だよ」


 悪びれずに笑うコーネリアに苦笑を返す。まあセット買いしたし、余ってるから問題ないんだけどな。


 そんな俺たちの会話を見ていたナッシュが、目を丸くしながら声を震わせた。


「な、なあイズミ……」


「はい?」


「お前、そ、その、コーネリアさんに……そんな口の聞き方して大丈夫なのか?」


 俺としてはむしろパーティリーダーのナッシュが敬語なことに驚いたんだけどな。俺がどう説明しようか考えていると――


「いいんだよ。あたしたち、ダチになったんだ。まあ……あたしとしては、イズミの犬でも子分でも良かったんだけどな」


 馬に乗って帰ってくる際、本当にそう言ったんだよな、この人。さすがにそれはキツいので友達で、と言ったんだけど。


「ええとですね、今日一緒に狩りに行って、それで仲良くなったんです」


「そういうこと。あたしがイズミの強さに惚れ込んじまってね。ナッシュ、あんたもイズミならそれがどういうことかわかるだろ?」


 コーネリアの言葉に、ナッシュが納得したように深く頷いた。


「ああ……そういうことですか。ってことはもしかして……イズミ、お前……バジリスクを?」


 ナッシュの問いかけに俺の代わりにコーネリアが答える。


「ああ、イズミが倒しちまった。しかも……五匹だよ! アハハ!」


「ぶほっっっっ!」


 楽しげなコーネリアの言葉に、ナッシュは食べていたゼリーを盛大に吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る