38話 レクタ村の朝

 朝、クリシアに起こされて目が覚めた。ベッドの片隅で銀狐の姿で丸まっていたヤクモも起こされ、俺たちはクリシア父娘の家へと向かった。教会の中に住んでるのかと思いきや、その隣に居住用の家が建てられていたようだ。


 俺が寝泊まりした簡素な客室に比べると、こちらの家は長年父娘で住んできた生活感があふれる温かい雰囲気がする。なんというか、いい家だ。


 そんな家の一室に通され、親父さんとクリシアとテーブルを囲み、硬いパンと薄いスープをいただいた。


 前の世界の料理に慣れた俺からすると、物足りないというのが正直な感想だ。もちろんそんなことは言わないけどな。


 ゴールドも減ってきているので、こうして食事を提供してもらえるだけでもすっごくありがたい。食い意地が張ってそうなヤクモですら、文句も言わずに床に置かれた皿に入ったスープをぺろぺろと舐めている。


 そうして朝食を食べながら、二人から昨日俺が寝入ってからの話を聞いた。門番に言ったとおり親父さんは村長宅へと出向き、そこで道中に起こった一部始終を語ったそうだ。


 とはいえ、これは事前に俺と相談した上で改変されている。


 野盗にクリシアがさらわれ、そこで俺と出会い、ヒールで親父さんを助けたという話は――親父さんが野盗と遭遇し、不利な形勢だったところで俺が加勢して撃退した。というシナリオへと変わった。


 クリシアが野盗にさらわれたというのは、村人から余計な憶測を呼びかねないし、俺としてもヒール+1や壁抜けなんかのスキルは隠しておきたい。その落としどころとして、このシナリオが採用された。


 ただし、親父さんと同程度のヒールを使えるということは村長にも伝えている。「そういう役に立ちそうな魔法が使えるほうが、村人にもウケがいいから話を進めやすいんだよ」と、親父さんが悪い顔で語っていた。


 というわけで俺は、親父さんに加勢したものの野盗との戦いで頭を打って、軽い記憶喪失になったヒールを使える男となり、村への滞在が許可された。


 特に恩着せがましく言うようなことはなかったけれど、これは教会の神父をして発言力のある親父さんだからこそできたんじゃないかと俺は思う。


 なんと言っても外に魔物やら野盗やらがいるような世界だ。外から来た者に神経質になるのは門番の様子から感じ取れたからな。ありがとう親父さん。


 朝食を終えたあと、親父さんとクリシアは教会の朝のお勤めというのがあるそうで、親父さんはキリっと表情を引き締めるとさっさと立ち去り、クリシアも俺に親父さんのお古の服を手渡すと、村を見てきたらどうかなと言い残して部屋から出ていってしまった。


 俺としても村の中を見学してみたかったので、さっそく着替えることにした。そうして着てみたのはいいんだが――


 なんだかごわごわした生地の上着とズボンに、スニーカーではなく少し大きめの革の靴。正直以前着てきたものと比べると着心地は雲泥の差だ。肌着だけはそこそこいい生地なのか、違和感はあまりなかったけれど。そういやクリシアのショーツなんかも柔らかかったな。


 まあ着ているうちに慣れてくれることを祈ろう。さすがに俺も前の世界の衣服を着続けて悪目立ちするつもりはない。



 着替えが終わり、俺はさっそくヤクモを連れて村の中を散歩に出向いた。


 教会から坂道を下り、適当に歩きながら、村の家並みを見てまわり、そのついでにツクモガミで売れそうなものを探したんだが……。


『おい、ヤクモ。売れそうな物、全然落ちてないよな?』


『そりゃあ村に金目のものがあちこちに転がってるわけないじゃろ。あったとしても私物じゃろうしなー』


 そんな話をしていると、土壁でできた家の近くに果実が実っている木を見つけた。地面には落ちている実があったので、それを触りながら出品を念じる。だがモニターには《他者の所有物を出品することはできません》と表示された。


「やっぱダメか」


 この木はあの家の人の所有物なんだろう。


『村に生えたり落ちたりしている物は、誰かしらに所有権がありそうじゃね? これじゃあ俺、もうゴールド稼げないじゃん』


 俺がため息をつきながらタイピングすると、すぐさまヤクモから返事がきた。いまさらだけど、ヤクモはタイピングしている様子はないよな。本人は声を出していないが、話した言葉がそのまま文章になっているような感じがする。


『アホウ、ここに無くても、ちっと外に行けばいろいろあるじゃろ。例えば薬になる野草、果実、上質の原木、鉱石、水源、それに――魔物』


『魔物?』


『うんむ。魔物はええぞー? 毛皮、肉、血、魔核、いろいろと売れるものが多い。それに魔物は間引いてくれるほうが、人の子の秩序を重んじる我々からするとありがたいからな。取引停止限度も若干緩めに設定されておるのだ』


『それってつまり、俺に魔物を狩れって言ってるのかよ?』


『そうは言っておらぬよ。嫌ならここで平和に一生を過ごせばえーじゃろ。異世界のメシが食いたいワシとしては不満がないと言えばウソになる。でもまー、無理に働かせる気はないという話はしたじゃろ? しかしな、イズミよ。そもそもお前はこれから一体どう生きていくつもりなのじゃ?』


『どう生きていく……ねえ。それはとりあえずここで暮らしながら、考えるつもりだよ。別に急いで決める必要もないと思ってたし。だがなー……正直なところ、朝食のようなメシが続くのはかなりしんどい』


 俺をもてなしてくれている親父さんやクリシアには申し訳ないと思うし、絶対に言えない。しかし一日二日ならともかく、あれが続くのはちょっとな……。


 噛み切れなくて引きちぎろうとしたら歯が持っていかれるかと思ったカチカチのパン、ぬるくて若干塩味がする? といった白く濁ったスープ。


 どちらも前の世界では経験したことないくらいには不味いのだ。そりゃあ親父さんたち、カップラーメン食べたら驚くよな……。


 かといって、俺には朝昼晩とツクモガミでメシを買うほどの余裕もない。所持金は12952Gしかないからな。


 今後の生活を高めるためにも、俺はとにかく金策を急いで探さなければならないようだ。

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