61話 レクタ村の狩人、ラウラの独白

 ガルドスおじさんとクリシアを助けた記憶喪失の男。それが私が最初に聞いたイズミさんの情報だった。


 この村にも稀に流れ者がやって来ることはある。ただし、村がそういう人たちを受け入れることは少ない。魔物避けの柵で囲われた土地には限りがあるし、誰とも知れない人物を受け入れるのは村人の平穏をも脅かすからだ。


 それだけに、村長さんは村で唯一ヒールを使えるガルドスおじさんを救った功績を高く評価したのだと思う。彼もヒールが使えるそうなので、将来的には村に居着いてほしいという算段もあるのかもしれない。


 ガルドスおじさんとクリシアが助かったのは素直にうれしい。しかしあまり男の人と話すのが得意でない私は、教会の居候となった彼がいると、最近は忙しくて疎遠になりつつあるクリシアとは余計に会いに行きづらくなるな……。そんなことを考えていた。


 ある日、指圧の診療所が再開したという話を近所のおばさんから聞いた。


 診療所は去年サジマさんが引退し、後を継ぐ人はいなかった。それを例の流れ者が再開させたのだそうだ。


 おばさんが言うには、その流れ者はサジマさんに勝るとも劣らぬ技術をもっており、自分も施術を受けてからずっと肩が軽いのだ、と腕をぐるぐる回しながら教えてくれた。


 私は前に診療所が営業されていたときは、まだ狩りを覚えるのに必死で一度として指圧をしてもらったことはなかった。


 しかし今、不猟による長時間の狩りの影響で、身体が不調を訴えていることは自分でもよくわかっていた。最近は森の獣の数が激減しており、森の中頃まで入り込むことも多い。そうなると魔物と遭遇することもある。


 疲労を重ねた私がいつか兄さんの足を引っ張るかもしれない。そう思うといても立ってもいられず、一度診療所に行ってみることにした。でも一人行くのは不安だったので、兄さんに付いてきてもらうことにした。


 診療所で初めてイズミさんに出会った。なんとも気の抜けた顔をした男の子――それが私の第一印象。お互い自己紹介を交わした時に、クリシアと同じ二つ上と聞いてびっくりした。


 兄さんは両親が死んだ後、私を育てるために苦労したせいか、いつも眉間にシワを寄せたような顔をしている。本人はもともとこういう顔なんだと言うけど。


 それに比べ、まるで苦労をしたことがないようにのほほんとした顔をしているイズミさんは、見るだけでこちらの力まで抜けてしまいそうだった。


 そんなイズミさんの足元には従魔の狐がいた。銀色の毛並みが美しく、興味深そうにこちらを見つめる瞳はすごく可愛い。


 魔物を使役する人がいるという話は聞いたことはある。ただ、ある種の才能がいるそうで、できない人は一生かけてもできないそうだ。


 イズミさんはヒールが使えて、指圧ができて、魔物を従えることもできる。ちょっと信じられない。


 もしかすると指圧の腕は大したことなくて、おばさんがたまたま相性がよかっただけなのかな。そんなことを考えながら、私は診察台に体を横たえた。


 そして施術が始まった。私の軽い失望が即座に消え失せるほど、イズミさんの施術はすごかった。身体のところどころを優しく、時には強く押されるだけで、痛みやだるさがどんどん流れて消えていく感覚。


 それはまるで魔法のようだったけれど、ヒールでは疲労は回復しない。まさに魔法のような指先だと思った。


 ただ、兄さんが私に触るなと声を荒げていたのだけは、本当に恥ずかしかった。私は女にしては背が高い。村の同世代の男の子には、のっぽ女とからかわれたこともある。そんな私を好んで触りたがる男の人なんていないだろうに。


 施術が終わった頃には、私は今までずっと引きずっていた全身の気だるさはほとんど消え失せていた。逆に身体が浮き上がりそうなふわふわした感覚に足元がおぼつかなかったほどだ。


 しかし体調の回復もまだ一時的なものだという。溜まった疲労を解きほぐすためには、また三日後に通院しなければいけないらしい。


 でも今度は兄さんがついてこなくても一人で通えると思った。イズミさんの施術は確かなものだったし、私の身長をからかったりしなかったから。


 そんなことを思いながら家へと戻る道すがら。イズミさんが私たちを追ってきた。聞けば弓に興味があるらしい。


 私は自分が生活していくために弓を握ることになったが、イズミさんには指圧という職がある。それなのに弓に興味を持つというのはかなり珍しい。そもそもこの村では農業や畜産が盛んで、危険を伴う狩りは不人気だからだ。


 私たちのように狩人を仕事にしているものは村には他にいなかった。イズミさんの言葉に、普段あまり笑顔を見せない兄さんが、同志ができたと喜ぶほどだ。


 弓に興味があるというだけでも驚かされたが、イズミさんはそれだけではなかった。


 試し打ちで彼が弓を構えた時の、まるで大木のように揺るぎない構え。そして矢を放つときの繊細で滑らかな指先の動作。すでに兄さんと同等、もしくは上回る技量があるのではとさえ思った。


 私の兄さんは私にべったりではあるが、弓術にかけては嘘をつかない。彼の弓術を認め、それに見合った弓を作ることを約束した。


 家に帰るなり、兄さんはイズミさん用の弓を作り始めた。弓には森の神への加護をお願いする言葉まで添えている。本当に兄さんはイズミさんを気に入ったようだった。


 兄さんは私を育てるのに精一杯で親しい友人もいなかったので、この機会にイズミさんが友人になってくれればいいな、そんなことを思った。


 そして弓が完成した翌日。私たちはいつものように朝早くから狩りに出かけ――森の中頃でホーンラビットの群れに遭遇した。

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