19話 令和最新版低反発枕

 ゆっくりと意識が覚醒していくのを感じる。どうやら俺は寝てしまっていたらしい。


 あれ……? 俺っていつの間に寝たんだっけ。昨日は仕事は定時で終わったはずだよな。珍しく田口に断られたから一人で居酒屋で飲んで……その後どうしたんだっけか……?


 まあいいか、酔っ払うとたまにそういう日もある。それにしても……この枕、すごく柔らかいな。


 俺はそばがら枕を愛用していたはずだけど、こんな低反発でむちむちの枕、いつ買ったんだっけ……。


 まぁ、触っていたら思い出すかもしれない。俺は枕をむにむにと揉んだ。ああ、さわり心地も最高だなあ……。


「――もうっ、目が覚めてるなら起きてっ!」


「へ?」


 突然の若い女の子の声にびっくりして目を開けた。すると目の前では、真っ赤な顔をした金髪碧眼の美少女が俺を覗き込んでいた。


「あっ、あー……。悪い」


 思い出した。俺、異世界転移したんだった。いきなり野盗に捕まって、そこからなんとか助かってからの記憶がない。そうか……俺、気を失ってたんだな。


 俺は体を起こし、辺りを見渡した。すでに日はすっかり落ちており、そばにある焚き火の明かりだけが周辺をほのかに照らしていた。


 俺の頭をやさしく包んでいたむちむちの枕はどうやらクリシアの膝枕だったようだ。俺の体を気遣ってしてくれていたんだろうに、おもいっきり揉みまくってしまった。


「ほんとすまん」


 もう一度謝ると、クリシアは「いいよ。寝ぼけてたんでしょ」って言いながらもプイッと顔を横に向けた。あー、怒らせちゃったかなあ。


 すると焚き火の番をしていた親父さんが、俺たちを見てガハハと笑った。


「起きたか、イズミ。クリシアもお前が寝てるときにさんざ顔をいじくりまわしてたからな。それくらい気にしないでいいぞ!」


「ちょっ、お父さん!」


 そっぽを向いていたクリシアが声を上げる。まあ俺の平たい顔とクリシアのむちむちふとももが等価だとは思わないが、このどさくさに紛れてお互い忘れてしまうのがよさそうだな。


 それからしばらく父娘のじゃれ合いが続いた後、俺たちは焚き火を囲いながら色々と話し合うことにした。


 と言っても俺がクリシアに話したことはすでに親父さんにも伝わっているらしく、俺の方から質問することが多かった。


 まず、親父さんの名前はガルドス。クリシアに聞いたとおり、レクタ村というところで神父をやってるらしい。まあ一応名前は聞いといたものの、これからも親父さんって呼ぶけど。ガルドスってイカつすぎでしょ。


 そうしてお互い自己紹介を終わらせた後は、親父さんやクリシアから様々な話を聞いた。やはりここは異世界で間違いなさそうだ。


 いわゆる剣と魔法のファンタジーな世界と言ってもいいだろう。電気やガスもなさそうだが、魔力を流すと使える道具なんかがあるらしい。


 そこからさらに踏み込んでスキルについても尋ねてみた。だが、てっきりゲームっぽくステータスオープンして説明してくれると思いきや、「スキルってなんだ?」と首を傾げられてしまった。


 もしかすると、スキルをスキルと認識しているのは俺だけなのかもしれない。これについてはもう少し考察が必要なようだ。


 質問はさらに続く。金髪碧眼な二人とは違う俺の黒髪黒目についてどう思うか率直に聞いてみた。これについては特に違和感はないとのことだ。


 そういえばナイフ男は茶髪に黒目だったしな。まあ周りから浮かないようならよかったよ。目立つのはトラブルの元だし。


 ちなみに自分の歳もわからないと言ったところ、俺が何歳に見えるかでクリシアと親父さんの議論が白熱することになった。


 クリシアは顔つきが若いから自分より歳下だといい、親父さんはたしかに顔は幼く見えるが、受け答えははっきりしているからクリシアより歳上だという。どちらにしろ、彼らからみて俺は童顔らしい。


 そういうことで二人の意見の間を取って、俺はクリシアと同じ十八歳の記憶喪失の少年、イズミということになった。


 こうして自己紹介と情報の聞き取りが終わり、話題は俺の今後についてに移ったわけだが、行く宛のない俺はこの二人について村に行くこととなった。


 しかもガルドス父娘は、俺を教会に住まわせてくれるとまで言ってくれた。それはありがたい話なのだが……。


「あの、いいんですか? 俺みたいなのが教会に転がり込んでも」


 我ながら記憶喪失の男とか怪しすぎる。だがそれを聞いた親父さんは真剣な表情でじっと俺の顔を見つめた。


「なぁイズミ、お前は俺たちを救ってくれた。次は俺たちがその恩に報いる番だ。遠慮なんてするな」


 親父さんの隣に座るクリシアがうんうんと頷いている。


「それに――」


 さらに親父さんが言葉を続ける。


「これでも人を見る目はあると自負している。お前さんは大それた悪さができるような顔をしてないからな!」


 親父さんはわははと笑うと、再びクリシアも頷く。俺ってそんなに小物っぽいですか、そうですか。


 まあいいか。俺だってもちろん悪さをするつもりはないし、いきなり放り出された異世界で、親身になって助けてもらえるのは本当にありがたい。俺は二人に向かって頭を下げる。


「それじゃあ身の振り方を決めるまで、しばらくお世話になります。よろしくお願いします」


「ああ、よろしくな」


「困ったことがあったらいつでも頼ってね。私だってイズミに助けられた恩、ぜんぜん返してないんだから」


 親父さんが腕を組んで頷き、クリシアはどこか申し訳なさそうに眉を下げた。


 こっちはなりゆきみたいなもんだったし、クリシアもそんなに気にしないでいいんだけどな。しかしせっかくの厚意だ、ここはありがたくお世話になろう。


 こうして話が一段落すると、それを待ち構えていたかのように親父さんの腹がぐうと鳴った。


 どうやら今日中に村に戻れる予定だったので、食料なんかは馬車に積んでなかったらしい。まあ今夜一晩は我慢だなと言いながら親父さんは腹をさする。


 ふんふん、なるほど。そういうことなら……ここは俺の出番だな!


 俺はツクモガミを呼び出し、ストレージの中身をチェックすることにした。

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